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村上 密 Blog

牧師の土下座

 牧師が土下座をして謝った。カルト化した教会の牧師は、問題を起こしたときこのような態度をとる。しかし、何について謝るかは明確にしない。牧師が期待しているのは被害者からの「赦します。」ではない。誰かが「牧師が土下座をして謝っているのだから、赦してあげなさい。」と言うのを待っている。それは一人の人が赦しても、他の人が罪を問題にするかもしれないので、全ての人の口を封じる為に演技しているだけである。その証拠に、牧師は悔い改めの実を結ばない。しばらくしたら、また元通りの傲慢な口と横柄な態度に戻ってしまう。その姿勢を注意する信徒はいない。ヘロデ大王を恐れる取巻きと民衆と同じである。あの時行動を起こしたのは、星を頼りにエルサレムに来た博士たちだけだった。恐れに打ち勝つのは、救い主を礼拝したいと言う願いであった。権威主義の牧師を恐れてはいけない。鼻に息あるものを恐れてはいけない。カルト化の中でも真実を求めるこころを失わない信徒が教会にいるなら、それは教会への神の憐れみである。まだ灯火がが教会にあるから。

 沖縄リバイバル教会の儀間牧師は、多額の献金を詐欺にあって失った時土下座をしたが、損失を補う為に償うことはしなかった。本当に責任を感じているのなら、詐欺師からもらった高級車に乗りつづけることはしない。沖縄キリスト福音センター(美浜教会)の仲原牧師は、教会の牧師が性的問題を起こした時、糾弾されて土下座をしたが、被害者に対して土下座をしていない。償い金を当時の牧師たちから集めているが、被害者にはそれは届いていない。何処にそれはあるのか。逮捕されたビュン牧師は教会で土下座をした。いったい何について謝罪したのか。裁判で開き直っているのを見ると、頭を下げた時、口から舌が出ていたのではないかと思う。

 パフォーマンスに騙されてはいけない。聖書は悔い改めの実を結んでいるかを問うている。結んでいないなら教会から追放であるが、結んでいないことを問題にする人を牧師は追放する。それがカルト化している教会の実態である。正しい裁きはカルト化した教会では無理である。罪を犯した牧師だけが裁判官だから。牧師会も裁かない。フェローシップだから。教会でも「裁いてはならない。」としか教えていないのに、聖書に基づく裁きなど思いもつかない。

 自分の教会はカルト化しているのではと思う方は、手にあるあらゆる資料を破棄しないように。その資料がやがて問題を糾す有効な証拠になるので。土下座をするのは、悪徳政治家で十分である。牧師までが同類のようで恥ずかしい。牧師がしなければならないのは、真実な悔い改めであり、何度も問題を起こすなら、そのものは牧師の職にふさわしくない。
by maranatha | 2010-04-18 20:35
宗教問題