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村上 密 Blog

アタナシウスさんへ(4)

理論と実践

 大教理問答には「罪と死と悪魔からの解放」であって、信仰者から悪魔を追い出すことではありません。小教理問答でも正確には、汚れた霊(悪霊)の追い出しではありません。洗礼は、信じている人に授けるのですから、汚れた霊はその人の中に住んでいません。ですから追い出す必要がありません。式文は信仰告白を確認し誓約させるものです。
 
 私は悪魔と悪霊の追い出しはクリスチャンに対して必要ない。神がクリスチャンの中に住んでおられるので、悪魔や悪霊が神と共に住むわけがない。カルト化した教会で実践されている霊の戦いはおかしい。悪魔は遍在ではないので、至る所でされている「悪魔よ出て行け」は数学的にも、神学的にもありえないと指摘しています。アタナシウスさんは、悪魔と悪霊の区別はしなくてもよいと主張しておられます。この遣り取りを以下の文で終了したいと思います。
 
 L教会に所属する太郎さんは悪魔と悪霊を区別しません。カルト化教会の次郎さんも区別しません。次郎さんは太郎さんの説に賛成です。太郎さんは理論に留まっていますが、次郎さんは悪魔や悪霊の追い出しを実践しています。次郎さんは次第に恐れと不安を抱くようになりました。カルト化教会の三郎さんも同じように恐れと不安を抱くようになりました。一郎さんが次郎さんに、神を信じたとき、神は次郎さんの心に住んでくださったので、悪魔と一緒に住んでいない。追い出す必要もないと伝えると、平安を取り戻しました。三郎さんは聞く耳を持たず、恐れと不安を持ったままです。

 理論が誤っていれば、実践で問題が起きます。太郎さんは理論で留まっています。だから何も起きません。次郎さんは実践したので問題が起きました。むしろ、太郎さんの理論はカルト化教会から喜ばれます。しかし、その教えに捕らわれている人を解放することはできません。区別する、しないを私たちが繰り返しても平行線ですから切りがありません。読者がどちらを選択するかでこれからが変わります。

 ルター派の現在の洗礼式文を私は見たことがありませんが、ルターの小教理問答の洗礼に関する問答には疑問を覚えます。以上。
by maranatha | 2011-01-25 21:00
宗教問題

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