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村上 密 Blog

事実をどう裁定するか

 8月1日付けの「進藤龍也牧師のヤクザな日記」を読みました。神学生時代には、覚せい剤をした事実をJTJに伝えていないので、JTJはことを知らないことになっています。過去のことになりますが、JTJが今後この件を知ったらどのように対処するかは残っています。
 進藤氏の按手礼は、卒業後2年してからです。進藤氏は、覚せい剤の件について、按手礼を剥奪される覚悟で中野氏に伝えています。この覚悟は悔いていなければできないことですが、犯罪は犯罪です。神の前に許されても、裁判になれば実刑を受けます。今は時効でしょう。中野氏は悔い改めの実を結んでいるとして、問題なしとしています。ここで中野氏の問題が出てきます。聞いた告白は守秘義務ではなく、按手式をした牧師たちと共有し、判断をしなければならないものです。一存で問題なしとしたら、中野氏の隠ぺいとなります。今後、この件を知った牧師たちがどのように対処するかは、その牧師たちの問題です。
 神学校は天国ではありません。未熟な者たちの集まりです。神学生が問題を起こすばかりか、教授が問題を起こすこともあります。私のところにはいろんな情報が集まってきます。そこにあるのは隠ぺいと問題の先送り等です。セクハラ、パワハラ、アカハラが横行しています。正しく裁くのではなく、赦しの精神で関わり、問題を放置しています。神学校が正義を行わずして、どうして卒業生が正義を実践できるでしょう。
by maranatha | 2012-08-01 22:17
宗教問題