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村上 密 Blog

罪の意識

 人は罪を犯さずには生きていけない存在である、とは誰の言葉であったか。罪を犯したら、罪の意識がその人の内に留まる。人はなかなか自ら赦しを求める行動を起こせない。恥とプライドが障害物となる。そういう中で、これを克服した人の話を書いて置きたい。


いじめ

 ある集会の出来事である。私が話をしている時、高校生の時にいじめをした人が、痛く心をさされ、赦されるためにはどうしたらいいですか、と聞いてきた。私は、その人に手紙を書いてお詫びしなさい、と勧めた。しかし、相手の住まいが変わって、一生懸命探してみたが、手紙を出せないでいた。このことを聞いた友人が、インターネットで調べてくれ、手紙は無事に相手に届くこととなった。そして、謝罪を受け入れてくれ、会って話をしたい、と告げてきた。取り返しのできない傷を相手に負わせたのではないか、という若い時からの自責の念から解放された。改めて、相手と会って、赦しの言葉を聞き、心から和解できて、このことを報告を聞いたとき、傍にいた者たちは、そのことで涙を流して祝った。心の奥底にある罪意識は、謝罪と和解によって、取り除かれた。聖霊は、罪を思い起こさせ、悔い改めに導いてくださる方である。

盗み

 ある人と聖書の話をしている時、その話が別の部屋の人の耳に届いた。その人は、私たちに話がしたい、と言う。ある店から本を盗んだ。どうしたらいいか。私は、盗んだ本の代金の2倍を封筒に入れ、謝罪と償いをしてきなさい、と告げた。そして、私も同行した。本屋に行くと、盗みに対する警告文が張られてあった。頻発して、腹に据えかねておられることが伺えた。店の主人は、こうして代金と償いの分まで持ってきたのは、あなただけだ、と告げた。心から赦してくれた。盗んだ人は、自責の念から解放された。そして、私たちは神の前祈り、罪を赦されたことを感謝した。私たちは、何も盗んだ人のことを話し合っていたわけではない。話を聞かそうともしていない。しかし、二人の話に耳を留めるようにされたのは神の御霊である。その人の罪を赦そうと働きかけてくださったのだ。私はその人の真実な告白に涙を流した。そして、赦されたことを喜び合った。
by maranatha | 2013-05-05 19:30
宗教問題