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村上 密 Blog

聖書の教え

妻たちよ 夫たちよ
 キリスト教の結婚式では、エペソ人への手紙から、夫に対する教え、妻に対する教えが朗読される。「妻たちよ。あなたががたは、主に従うように、自分の夫にしたがいなさい。・・・」(5:22~24)「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。・・・・」(5:25~33)この箇所は、結婚式のために書かれたのではなく、結婚している妻たちと夫たちへの教えである。

間違った読み方 正しい読み方
 この聖書箇所は、あるイデオロギーで読むと、「差別」と見做される。聖書を読むときは、全体を読むことが大切である。5章22節から6章9節までは、妻たちと夫たち、子どもたちと父たち、奴隷たちと主人たちへの教えである。3つの順序はいずれも弱い立場が先に書いてあり、強い立場が後に書いてある。これは書き方である。日本基督教団の式文では、夫に対する教えを先に朗読する。今日の教え方は先に重要なことを伝えて、後に補う言葉を持ってくる傾向にある。その思考法でエペソ人への手紙を読むと、女性は頭に来る。「なぜ、夫に従うのが先に書いてあるのよ。夫が本当に愛してくれたら、従うこともできるけど。」と言いたくなる。その通りである。聖書は、「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも妻たちを愛しなさい。」を強調し、アガペー(献身的な自己犠牲的な愛)を勧めている。キリストが先んじて教会を愛されたように、このような愛で愛されてこそ、妻は従えるのである。「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、一心同体となる」(5:31)と勧められているが、「結ばれ」は、神と人、人と人の親密な関係を表す重要な動詞である。それが、妻たちと夫たちに使われている。この言葉は、子どもたちと父たち、奴隷たちと主人たちとの関係とも深く関係する言葉である。それぞれに関係を結びつける、関係性を表す言葉が書かれてある。最後は「主は人を差別されることがない」(6:9)とある。差別を克服する教えなのである。
by maranatha | 2013-07-14 06:28 | 聖句の誤用
宗教問題