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村上 密 Blog

クリスチャンの離婚

 離婚を禁じている教会がある。根拠にするのは「人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません」(マタイ19:6)。しかし、その文脈では、モーセが離婚を認めたことをイエスは肯定している。聖書は離婚を絶対否定しているのではない。条件付きで肯定している。それが姦淫である。姦淫とは、結婚している夫或いは妻が他人と性的関係を持つことである。姦淫はモーセの十戒で禁じられている。それは、神の民であるイスラエル共同体の破壊につながるからである。そうであるなら、家庭内で夫から精神的・肉体的に虐待されているクリスチャンの妻は、離婚できないのか。このようなケースを牧師が牧会上相談を受けた場合、耐え忍んで、未信者の夫を信仰に導いた美談を話す。そして、夫を赦しなさいと説得する。この説得が、精神の破壊、自死に至るようなケースが起きても、それを話すことはない。相談者の人生を本当に考えているとは思えない。人命の尊重と人格の尊厳を忘れてはならない。私は、事情をよく聞き、明らかに精神的或いは肉体的ダメージが深刻な場合は、離婚に同意している。事例として、以下の場合は離婚を認めた。これは必ずしもわたしの牧会している教会とは限らない。あらゆるところから相談を受けているので、そのつもりで読んでほしい。
1、夫が妻に対して虐待を続け、子供を虐待に加わらせた。
  妻の精神的病は深刻。強制的に引き離してかくまい、後に離婚。
2、夫から首を絞められ、危うく死にかけた。調停で離婚。
3、夫が働いた給料を出さない。また、妻の働いたバイト代を取り上げ賭けごとに使う。協議離婚。
4、夫或いは妻の不貞が続く。離婚。
5、夫或いは妻としての責任の放棄。協議離婚。
6、宗教的理由。裁判で判決後離婚。

 結婚の誓約をしていない相談者であっても、離婚の相談に対応している。「神が結び合わせたものを」とあるが、世の中には、相互の愛で結ばれていない結婚もある。主人と奴隷の関係に等しい場合もある。夫が妻を非倫理的仕事に強制的に就かせている場合もある。事実婚もある。これらを、「神が結び合わせ」と言えるだろうか。カルト化教会では、牧師が一方的に結婚を勧める場合が多くある。これを「神が結び合わせ」と言えるだろうか。結婚してから相互の愛が深まり、その結婚を相互が受け入れている場合は良いとしても、結婚生活で苦しみ続けている場合は離婚を認めている。判断に後悔はしていない。離婚に関する見解は牧師個人個人によって違いがある。私は自分の判断が絶対正しいと思っているのではない。離婚の判断で紋切型に対応している牧師の判断で苦しんでいる人に判断材料を提供している。自責の念から自分を解放していただきたい。神は、肉体的いのちと精神的ないのちが損なわれようとしている危険から救ってくださるお方である。

*注 クリスチャンの離婚としたが、1、2、3はクリスチャンではない。ただし、牧師として離婚に関わった。これらのケースより、離婚の危機を乗り越えるために関わったケースの方が多かったことを書き加えておくことにする。
by maranatha | 2013-07-27 18:39
宗教問題