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村上 密 Blog

十字架を背負わされた人、十字架を背負った人

 十字架を背負った人が、ゴルゴダへの途上で力尽た。ローマの兵士は、傍にいた名もない男に、むりやりに十字架を背負わせた。やがて、彼はキリスト教界で、十字架を背負った人として知られるようになった。マルコは、福音書に、「アレキサンデルとルポスとの父、シモンというクレネ人」(15:21)と書いている。このシモンは、アンテオケ教会の指導者の一人「ニゲルと呼ばれるシメオン」(使徒13:1)である。アンテオケ教会は、キプロス人とクレネ人によってギリシャ人に福音が伝えられた。おそらく、このクレネ人はシモンであろう。シモンがいつイエスをキリストとして信じたかはわからない。しかし、彼はある時点で、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、わたしについて来なさい。」(マルコ8:34)といわれたイエスの言葉を実践した人となった。そして、子どもも十字架を背負うようになった。あの時、ゴルゴダの途上で、十字架を背負わせたのはローマの兵士だろうか、いや、力尽きた傷だらけの人が、シモンを選んで背負わせたのである。そして、シモンはその十字架の意味を知る時が来て、もう一つの十字架、「自分の十字架」背負う人となったのである。私たちは、あの木の十字架を背負うことはできない。しかし、イエスが語りかける「自分の十字架」を背負うことはできる。今度はだれがこの十字架を背負うだろうか。
by maranatha | 2013-10-14 22:16
宗教問題

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