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村上 密 Blog

ダビデの幕屋の回復

 ダビデの幕屋の回復は、後の雨運動の教えの一つである。この他に、罪の告白は、人に対して行うことで、赦しと解放が与えられる。現代の教会は、使徒と預言者の土台の上に築かれる。按手によって、賜物が与えられる等がある。私は、ブログで後の雨運動を否定してきたが、これは私が個人的意見を述べているのではない。私の主張の根拠は、米国アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団大23回の総会決議である。この総会で、後の雨運動は否認されている。その後もこの決議は覆されていない。覆っていないのであるから、教団の内外を問わず、これを認めない、と言うのが私の立場である。そこで、アッセンブリーの教職が、後の雨運動を信奉する団体と交流をしたり、宣教活動で協力関係を結ぶことは、後の雨運動を容認する行為である。エンパワード21に日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の牧師が参加したり、協力したりすることは、教団の歴史認識が欠乏している行為である。それが、米国であろうと日本であろうと、どんな立場の牧師であろうと関係ない。もし、後の雨運動を正しいと見做しているのであれば、按手礼に反する。正しい教理を伝えることが、牧師の務めだからである。
 人が罪を赦しても、神の赦しがなければ、人に救いはない。イエス・キリストが十字架で人の罪を赦してくださった、と信じるならば、神は私たちを義としてくださる、と聞いたから信じたのである。人が他人に対して罪を犯した。その赦しが欲しい場合、それは、そう人たち同士でな話し合い、謝罪と弁償で解決すればよいことである。どうして、関係ない人々にまで罪の告白をしなければ赦しと解放がないのか。罪の悔い改めを人前で行うことが、どこから始まったのか。少なくとも、カリスマ運動においては、その源である後の雨運動である。個人情報を集団の中で暴露することに何の問題も感じていなかった沖縄キリスト福音センター(美浜教会)では、礼拝の中で詳しい罪の告白が強要され、テープに録音され、販売されていた。これはプライバシーの侵害であるが、その認識がこの教会にはなかった。カリスマ運動を取り入れている教会では、多かれ少なかれ、プライバシーの侵害と取れる罪の告白が人前で求められている。使徒と預言者の土台の上に教会は築かれる。これが現代のピーター・ワグナーの使徒運動につながっている。私がこれを否定するのは、この運動が、後の雨運動の教えだからである。もちろん、福音主義神学に立つ牧師であるならば、容認できない教えである。この使徒運動を信奉している牧師が、エンパワード21の運営者の中に名を連ねている。それで、アッセンブリー教団の理事長の個人参加は、教団の責任者として、歴史認識を欠く行為である。もちろん、米国のジョージ・ウッドも同様である。これは教団への背信行為と言える。私は、アッセンブリーの教理の立場からこれを言っている。

by maranatha | 2014-01-14 18:08 | レストレーション
宗教問題