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村上 密 Blog

権威

 キリスト教の権威主義者は「上に立つ権威に従うべきです」(ローマ13:1)を悪用する。この聖句は、ローマ帝国がキリスト教に対してまだ寛容であった時の勧めの言葉である。ユダヤ総督フェストによれば「彼(パウロ)は死に当たることは何一つしていないと思います。しかし、彼自身が皇帝に上訴しました」(使徒25:25)と言っている。それなのになぜパウロがネロ帝下で殉教したか。それはローマに従わなかったからである。ネロ帝の時代、キリスト教徒は迫害された。皇帝を神として礼拝しなかったからである。ヨハネはローマの迫害下で「ヨハネの黙示録」を著した。「竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。・・・全地は驚いて、その獣に従い、そして、竜を拝んだ。獣に権威を与えたのが竜だからである。また彼らは獣をも拝んで、」(13:2~4)とは、皇帝礼拝を強要したネロを現す。「ほふられた子羊のいのちの書に、世の初めからその名を書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。・・・その獣の像を拝まない者をみな殺させた。」(13:8、15)ローマもネロも文字で表現できない迫害下で、「上に立つ権威」に従わないクリスチャンが殺されているのを描いている。これは偶像礼拝を強制する権威への不服従である。

 ペテロとヨハネは、「美しの門」で施しを求めている男を癒した。ところが後で議会は「イエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた。」(使徒4:18)ペテロとヨハネは「上に立つ権威」に従っただろうか。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。」(4:19)これは、当時の最高権威の宣教禁止命令への不服従である。

 権威への服従は、信仰の自由が許されている状況下であり、権威への不服従は、信仰の自由が禁じられる時である。クリスチャンは権威に盲従してはならない。第二次世界大戦下でキリスト教は国家権力に服従した。それは正しかったのか。良心的拒否をして迫害されたキリスト者がいたことを覚えておくべきだ。

by maranatha | 2014-02-21 10:47 | 権威
宗教問題