人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

村上 密 Blog

赦し

 「赦しなさい」について前回書いた「『「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。』イエスは言われた。『七度まで、などとはわたしは言いません。七度をの七十倍するまでと言います。」このイエスとペテロのやり取りだけでは、悔い改めが語られていないので、ただ赦しだけが強調されているように思われる。事実、教会の中では、赦しが強調されてきた。しかし、マタイの23節から35節とルカの17章3節から4節と読めば、無条件の赦しを説いているわけではないことを指摘した。

 今回の「赦し」はマタイの18章の文脈から、ただ赦しなさいと教えているのではなく、やはり悔い改めを条件とした赦しであることを証明したい。18章15節では「あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたの兄弟を得たのです。」と書いてある。21節からのペテロの質問は、15節からのイエスの話に対する質問である。このイエスの話には「、罪を責める」こと、すなわち忠告をすること、罪を正すこと、けん責することを勧めている。「聞き入れる」こと、すなわち忠告を受け入れて改めることを教えている。このように兄弟間で起きた罪の問題をどう取り扱うかが18章15節から35節までの教えなのである。この文脈から、赦しには、悔い改めが必要であることが明白である。

by maranatha | 2014-03-13 21:02 | 赦し
宗教問題

by maranatha