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村上 密 Blog

後の雨とリバイバル

シオンの子らよ。
あなたがたの神、主にあって、楽しみ喜べ。
主は、あなたがたを義とするために、
初めの雨を賜わり、大雨を降らせ、
前のように、初めの雨と後の雨とを
降らせてくださるからだ。
(ヨエル2:23)

 後の雨運動は、自分たちの運動をヨエルの預言(2:23)の成就と解釈している。ところが、ペテロは、ペンテコステの出来事(使徒2章)を、初めの雨とは言わないで、ヨエル2章28、29節の成就としている。その他の使徒も、ペンテコステの出来事を初めの雨とは言っていない。後の雨運動は1938年にカナダからは始まった。彼らは、ペンテコステの出来事を初めの雨と見做し、自分たちの運動を後の雨と見做しているに過ぎない。雨は収穫と深く関わっている。それで、後の雨運動系の預言者たちは、終末には大リバイバルが起きると主張する。ところが、イエスの世の終わりへの言及(マタイ24:4~14)とパウロの終わりの日への言及(2テモテ3:1~4:4)は、大リバイバルを否定する内容である。
 
 なぜ、大リバイバルが起きないのか。裁きは、人が神に立ち返るのではなく、神に背く人が増えるから起きるのである。イエスは「人の子の日には・・・ノアの日に起こったことと同様です。・・・ロトの時代にあったことと同様です。・・・人に子の現れる日にも、全くそのとおりです。」(ルカ17:24~30)そして、「人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか」(ルカ18:8)と語られた。これは、信仰が見られない状況である。エレミヤはバビロンへの捕囚を預言した。多くのにせ預言者は、平和を預言した。ユダ王国が堕落したからこそ審判の時が来たのである。聖書には、終末の大リバイバルではなく、惑わしと、困難な時代が預言されてある。後の雨運動が形を変えて広がりつつある。これに惑わされる人も増えつつある。世界中でリバイバルが起きているが、その実態は、健全な教えではなく、後の雨運動と繁栄の神学が結びついたリバイバルである。これは神からのものではなく、人からのものである。その証拠に、その指導者たちは、金銭欲、名誉心、物欲、性的不道徳、偽りの教えで多くの問題を起こしている。これこそ終わりの日の背教の現象ではないか。さばきは教師からとあるが、まさに教師が堕落して行くからこその言葉である。

by maranatha | 2014-09-30 15:35 | 後の雨運動
宗教問題