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村上 密 Blog

五役者の回復の誤り

 使徒は、12使徒の他、マッテヤ、パウロ、バルナバ、ヤコブ(使徒と書いてないがないが使徒並み)、テモテ、シルワノ、アンドロニコ、ユニアスの20名である。預言者は、新約聖書中、アガポ、ユダ、シラス、ピリポの4人の娘で7名である。伝道者は、ピリポ、テモテで2名である。テモテは使徒でもある。牧師または教師では、牧師は聖書中1回のみである。だれが牧師か分からない。「牧師または教師」は「または」と接続詞で結び付けられ、一つの定冠詞の下にあるので、一つの職制の2つの側面と言えよう。パウロが「私は、この福音のために、宣教者、使徒、また教師として任命された」(2テモテ1:11)、更にパウロは「私は宣伝者また使徒として任じられ・・・信仰と真理を異邦人に教える教師とされました。」(1テモテ2:7)と言っている。パウロが教師だが牧師だろうか。パウロの職制は一つだけではない。この他に、みことばに仕える職務で長老と監督があるが、パウロがエペソの長老たちを呼んで、「聖霊は・・あなたがたを群れの監督にお立てになった」(使徒20:28)と言っているので同じ働きである。使徒ペテロは「あなたがたのうちの長老たちに、同じ長老のひとり」(1ペテロ5:1)と言っている。彼は使徒であり、長老である。長老であるが監督とは言い難い。使徒亡き後、エウセビオスによると、監督は重要な職制になっている。AはBである。BはAである場合と必ずしもAではない場合がある。このようなことを十分考察するならば、レストレーション運動の牧師たちが単純に「五役者の回復」と言っていることは、タブロイド思考(*)である。五役者の回復を預言している箇所は聖書にはない。願望と預言を混同してはならない。

ja.wikipedia.org/wiki/タブロイド思考

by maranatha | 2014-10-13 19:45 | レストレーション
宗教問題

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