教会がカルト化するのは、牧師だけの責任ではない。教会員が牧師の行為の違法性を知りつつ、それを正さないことにある。カルト化教会では、法はこの世の基準と切り捨てられ、カルト化教会にとって有益と見做されることが全てに優先される。カルト化教会の大義は自己肥大である。健全な教会は遵法精神を失わないで活動を維持する。しかし、健全であれば、権力によって信教の自由が脅かされる時、権力には屈しない。カルト化教会では、牧師への無条件の服従が要求される。牧師が黒を白と言ったら白、こんなことを聞いたら離れるのが一番である。