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村上 密 Blog

繁栄の神学(後の雨)はアッセンブリーの聖書理解と関係ない

 長い間、私は繁栄の神学を否定してきた。後の雨運動も否定してきた。そのことで有益な情報を以下に訳して掲載した。訳は依頼したが、訳文の責任はブログに掲載した私にある。

原文サイト
http://www.christianitytoday.com/edstetzer/2015/june/exploring-evangelicalism-assemblies-of-god.html


訳文

インタビュー

福音主義の探訪:アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団

「福音主義の探訪」シリーズの第一回目として、米国アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団のCEO兼理事長であるジョージ・ウッド博士にお話を伺います。これから数ヶ月をかけて様々な福音主義運動の指導者たちにインタビューをしていこうと考えていますが、これはそのシリーズの第一回目の記事となります。同じ福音主義の傘下にありながら、聖霊、洗礼、礼典、賛美形式を含めた教会生活のほぼ全ての側面に関して人々は異なった意見をもっています。私の最初のインタビューの相手はジョージ・ウッド博士です。ウッド博士は2007年、米国アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団のCEO兼理事長に選任され、今日に至るまでその職を務めておられます。アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の成長は著しく、25年間連続の成長を記録したばかりです。私はその件に関する報道発表の一部を担当させていただきました。私はまた、ペンテコステ派が何故成長し続けているのかについての記事も書きましたし、「The Exchange」という番組にアルトン・ギャリソン氏をお招きし、ペンテコステ派に関するお話を伺ったこともあります。最後の宣伝になりますが、ペンテコステ派・カリスマ派・第三の波運動に関する私の一連のシリーズをお楽しみいただけるかもしれません。興味がある方はこちらをクリックください。このシリーズを始めるにあたって、わが国におけるペンテコステ派の最大教派の一つのリーダーからお話を伺うことにしました。本日、ウッド博士から福音主義のこの教派に関する話を聞いて、皆さんが何か有益なものを得られることを願います。


エド・ステッツァー(以下ES):他の福音主義の団体とあなた方の団体を分ける特徴とは何でしょうか?


ジョージ・ウッド(以下GW):アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団(およびペンテコステ派の団体全般)と他の福音主義の兄弟姉妹を区別するものは二つあると思います。(1)私たちの核となる神学の組み立て方。(2)私たちの「これがあれだ」とする解釈学です。どういう意味かを以下に説明します。教父たちは聖書から正統的キリスト教の教理をまとめあげました。三位一体、受肉、贖罪などです。私たちはそれら全てを信じています。プロテスタントの宗教改革者たちはキリストの預言者、司祭、そして王としての三つの職能を説きました。私たちはそれも支持しています。しかし、福音書と使徒の働きの物語構造を考慮した上で、私たちは核となる神学的なメッセージを次のように組み立てましたーイエス様は救い主、癒し主、聖霊による洗礼者 、そして再臨の王である。この教えは通常四重の福音と呼ばれています(ウェスレーのきよめ派に属するペンテコステ派では、聖め主を加え五重の福音と呼ばれることがあります)イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです(ヘブル13:8)ので、私たちはイエス様が新約聖書の時代と同じように今日も引き続き働いておられると信じています。イエス様は、教会を通して、御国がすぐに来ることを宣言されます。また、御国の到来の顕現として、病人を癒し、悪霊に憑かれた人から悪霊を追い出します。その贖いの死と命をあたえる復活によって、罪びとを救われます。そして信じる者に聖霊のバプテスマを授けます。このバプテスマ肉体的な最初のしるしが異言ですが、聖霊のバプテスマの目的は証する力を与えることです。「『これがあれだ』とする解釈学』とはどういう意味かというと、ちょうどペテロが一世紀のペンテコステの日にエルサレムにおいてヨエルの預言が成就したと関連付けたように(使徒2:16以降)、私たちも今起きている出来事(これ)をペンテコステの日に起こった出来事(あれ)関連付けるということです。この解釈学によると、伝統的なプロテスタントの終焉説は私たちにとってほとんど意味を成しません(そして終焉説は、あくまで学問的な構築によるものであって、明確な聖書的根拠を持ちません)


ES:あなた方の運動に関して、他の福音主義者たちがよく誤解することは何でしょうか?


GW:私たちの運動に関して福音主義者たちが犯しやすい大きな間違いが4つあると思います。(1)私たちは聖書の正典が閉じていないと信じている。(2)私たちがイエス・キリストよりも聖霊を強調する。(3)霊的エリート主義を実践している。(4)いわゆる繁栄の神学を説いている。

念のため申し上げますと、私たちは神様が、その聖なる御霊を通して、神様の教会に語り続けているということは信じています。しかし、この種の啓示が―それが預言であれ、知識の言葉であれ、解き明かされた異言のメッセージであれ何であれー聖書と同等のレベルにあるとは信じていません。正典-旧約聖書39巻と新約聖書27巻-は基準であり、啓示と推定される全てのものは聖書によって吟味されなければなりません。私たちが聖霊のバプテスマと御霊の賜物を強調するので、福音主義者の人たちが私たちが御子より御霊を強調していると考えるということは理解できます。しかし、私たちが(イエス様に焦点をあてた)四重の福音に基づいて聖霊について語っていることを知ると、私たちがイエス様を中心としていることが分かり始めるでしょう。聖霊のバプテスマによって私たちをキリストと一つとし、キリストは聖霊にあって私たちにバプテスマを授けます。それ故、私たちは地の果てにまでイエス様の福音を宣べ伝えることができるのです。また私は、なぜ福音主義者たちが私たちのことをエリート主義者だと考えるかも理解できます。私たちが異言を聖霊のバプテスマの肉体的な最初のしるしとして強調することは、他の人々に対して次のような冷やかしに聞こえるかもしれないからです。「私たちは聖霊を受けたぞ。そう、聖霊を受けたんだ。お前たちはもう受けたか?」と。これはもちろん私たちの真意ではありません。むしろ、異言を強調する目的は次の二つです。(1)聖霊体験には先があることを思い起こさせるため。(2)聖霊なしでは私たちは何もできないことを思い起こさせるため。私たちにとって異言は(「御霊が話させてくださるとおりに」(使徒2:4)とあるように)神様への絶対的依存を強調するものです。賛美と願い、そして認知を超えたとりなしをもって主を礼拝することを助けてくれるものです。初期のイエス様の弟子たちと新約聖書の記者たちが体験した賛美と祈りにおける主との親密な関係、それと同じ主との深い関係性を私たちももちたいと切に願っています。最後に、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は癒しを非常に強調しています。これは信仰の強調と結びついていますが、いわゆる繁栄の神学は私たちの聖書理解とは一切関係がありません。繁栄の神学は、実際のところ、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団といった古典的ペンテコステ派の団体を批判する20世紀半ばの後の雨運動から出てきました。

ES:あなた方の運動に関して、クリスチャンたちに知っていて欲しいことは何ですか?


GW: 地の果てにまで福音を述べ伝えるという私たちの情熱を知っていただきたいです。時に、私たちは情熱的過ぎると見られることがあります。確かに私たちの礼拝様式は熱狂的なものになることがあります。ですが、そうであってはならない理由があるのでしょうか?もし私たちがイエス様は今も人々を救い、癒し、聖霊によるバプテスマを授け、言うまでもなく、御国を打ち立てるために直ぐにでも帰ってくると信じるのであれば、私たちは信仰と希望と愛-そして熱烈さーに満たされていても不思議ではないでしょう、ねえ!?しかしこうした情熱が、イエス様がどのようなお方で何をしてくださるかということから自然に湧き出てくるものなのです。情熱そのものが目的であってはなりません。もし他のクリスチャンの方々が過去の熱気に満ちた礼拝を振り返ってみるならば、土着の教会を建設し、全ての国と地域と地方に住む貧しい人々の必要に憐れみ深く応えながら、福音を知らない人々に積極的に伝道している運動をみることができるでしょう。この福音に対する情熱こそが、魂の救いと土着の教会建設に対する意欲と相まって、最近「Christianity Today」誌が確認した事実を説明するのです。即ち、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団がわずか100年余りの間に(カトリック、正教会 、聖公会に次ぐ)世界で4番目に大きいキリスト教の教派に成長したという事実です。世界のアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団系の団体は現在、36万を超える教会数と6750万人以上の信徒数を誇ります。教団の歴史が(宗教的)実践にどのように影響を与えるのでしょうか?私は1980年代後半、私の仲間が(共産主義に入る前の)20世紀前半に開拓するのを手伝った中国のある教会を訪ねました。40年におよぶ迫害と対立の後、私の両親の同僚であったムン(Mung)牧師はその教会を再び建て上げることができました。彼は9年間投獄されており、75歳にしてその教会を再建することができたのです。私が彼と初めて会ったのは、彼が80歳の時でした。会話の途中で、私はムン牧師に教会員の数を尋ねました(これは教会成長運動の最中にあったアメリカにおける典型的な質問でした)5年前に彼が教会を再開したときは、主に高齢者ばかりで30名ほどがいたと彼は私に言いました。しかし私の質問に対して、彼は教会で洗礼を受けた大人の名前が手書きされた一冊の本を私に手渡しました。その本のページを次から次へとめくっていくと、ムン牧師の教会には現在1500名を超える人々が集うことが分かりました。私は驚いて尋ねました。「いったい何が起こったんですか?」彼は微笑んだだけでしたが、私が典型的なアメリカ人の質問をしたと考えたに違いありませんでした。つまるところ、私たちアメリカ人は教会成長の方法論にしか興味がありません。どんな本を読んだか、どんな集会に参加したか、どんな戦略を採用したか。私は彼のその答えを決して忘れません。「そうだね」彼は言いました。「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。そして私たちはたくさん祈るんです。」それから彼は主がその町で何をしてくださったか、驚くべき癒しの御業も含めて、延々と語ってくれました。この出来事がアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とその他のペンテコステ派の団体の歴史の本質を端的に表していると思います。20世紀の初めにその運動を開始したときは、多くの財産や立派な地位をもっていた訳ではありませんでした。しかし彼らがもっていたものは、イエス様が彼らに応えてくださるまで「祈り続ける」という決意でした。そしてそれは他の人々にイエス様のことを告げるのに十分な力を与えてくれたのです。彼らは、私たちが今日信じているように、イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じだということを信じていたのです。


ES:なぜクリスチャンはあなた方のようになるべきだと思いますか?言い換えるならば、あなた方と他のクリスチャンたちとの違いを論証してください。


GW:もちろん、わたしたちは間違いも犯すし欠点ももっています。もし私の言うことを信じられないのであれば、私が過去数十年の間に犯した間違いの数々を喜んで列挙しますよ。しかしながら、私たちの大きな望みは、皆がイエス様に近づけられ、聖霊に満たされることなのです。聖霊の賜物は無限ですので、私たちも伸張性に富んでいます。聖霊が与えるものはまだたくさんありますし、私たちが受けるものもまだたくさんあります。私たちはただ、最初のクリスチャンたちが信じたものと彼らの行いにできるだけ近づきたいと考えているだけです。







by maranatha | 2015-09-12 22:11 | 繁栄の神学
宗教問題