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村上 密 Blog

特集 赦しなさい 3

マタイの福音書は、ユダヤ人のクリスチャンのために書かれたと伝えられている。だから、言わなくても分かることは省いている。ところが、ルカは、異邦人のクリスチャンのために福音書を書いた。だから、説明的に書いている。「気をつけなさい。もし兄弟が罪を犯したなら、彼を戒めなさい。そして悔い改めれば、赦しなさい。かりに、あなたに対して一日に七度罪を犯しても、『悔い改めます。』と言って七度あなたのところに来るならば、赦してやりなさい。」(17:3、4)ルカとマタイのどこが違うか。「悔い改めれば」が条件として書かれてある。カルト化した教会の無条件ではない。よく読むと、「兄弟が罪を犯したら、彼を戒めなさい。」とある。はたして、牧師は罪を犯した人を戒め、悔い改めに導いているだろうか。支払い能力があって悔い改めれば、当然返済をするはずである。しかし、単なる赦しなさいが横行している。さらに聖書を見ると「『悔い改めます。』と言って七度あなたのところに来るならば」とある。カルト化した教会でこのようなプロセスが踏まれているだろうか。それがあったら、被害者は悩まない。苦しまない。悔い改めているとは思えない言動を罪を犯した人が続けているので被害者は悩み苦しむのである。それも、形式的に一度来ても、それ以上来ることはない。謝罪のパフォーマンスでは、謝罪を得ることはできない。悔い改めが赦しを得る道である。ただし、返済免除を期待してではなく、返済する覚悟を持って赦しを求めなければ本当の悔い改めではない

by maranatha | 2016-05-07 00:00 | 赦し
宗教問題

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