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村上 密 Blog

特集 赦しなさい 4


「赦しなさい」は言っても「償いなさい」「弁償しなさい」を言う牧師は少ない。教会内で虐待があった場合、牧師は、被害者に対して、加害者を赦しなさい、と片付けてしまう。加害者が力と富を持っていた場合、牧師が加害者側に立ってしまうため、被害者は自分が悪いのかと思わされる。カルト化した教会の被害者にとって最も傷つく言葉の一つは「赦しなさい」である。言葉は、悪い言葉ではない、ただ悪用されているのである。奴隷が主人の物を盗んで逃亡した。その奴隷は、やがてパウロと出会って救われ、主人の所へ帰されることになった。そのとき、パウロは「赦しなさい」と言っただろうか。「もし、彼があなたに対して損害をかけたか、負債を負っているのでしたら、その請求は私にしてください。」(ピレモン18)パウロは、加害者の赦しを乞うために、被害者に対して代理弁済を申し出ている。このような牧師が現代にいるだろうか。あまりにも軽々しく「赦しなさい」を言ってはいないか。精神的な被害であれ、物質的な被害であれ、被害を与えている場合、弁償を十分考慮すべきである。損害は、損害分で済まない。だから、損害額+αである。謝罪があり、弁償がある。そうしたら赦すか赦さないかは被害者の問題となる。このような経過を踏まれたら、今度は加害者の問題ではなく、被害者の問題となる。問題の公平な判断は、手続きが正しく踏まれているかであって、高飛車な「赦しなさい」で片付くものではない。

by maranatha | 2016-05-07 00:00 | 赦し
宗教問題