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村上 密 Blog

特集 赦しなさい 6

教会の中で、事件が起きた。牧師は加害者と被害者に向かって、「互いに赦し合いなさい。」と言った。確かに、エペソの手紙4章32節に、この言葉はある。しかし、被害者が加害者を赦すことはできても、赦されなければならない加害者がいったい赦してくれる被害者の何を赦すのか。牧師は、加害者が被害者に謝ってもいないのに、被害者に向かって加害者を赦しなさいと言った。加害者の責任を何も問題にしない。被害者に対してだけ、赦しを強制している。これで問題を解決しようとする牧師が多すぎる。牧師は加害者と被害者に向かって、問題は片方だけではなく、双方に問題があるから起きる。だから、「互いに赦し合いなさい」。この牧師は、問題が何かを知ろうとしないで、問題の原因が双方にあると決めつけ、互いに赦し合うことで解決をしようともしていない。牧師は自分を公平な審判者のように思っているが、問題に向き合わない、問題を真剣に解決しようともしない。お互いに悪いのだっから赦し合うようにと問題を中和している。自分の判断が公平で正しいと思い込んでいる嫌な牧師である。被害者にとって、問題はどちらにもあると言う牧師は、理解者ではなく、加害者になる。公平だと思い込んでいる牧師が、被害者から、その判断はおかしいのではないですかと言われているようなニュアンスを嗅ぎつけると、赦さないあなたが悪いと叱りつける。こんな牧師は善人ぶっているだけで、何の解決能力も持っていない牧師である。相談するだけ時間の無駄である。被害者の声に耳を傾け、問題を聖書から扱い、法的な角度からも扱い、間違った考えからその人を救いだし、法的な被害救済の道をともに模索してくれる人がおれば、どんなに被害者は物心両面にわたって救われることだろうか。

by maranatha | 2016-05-07 00:00 | 赦し
宗教問題

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