2016年 06月 28日
さばきなさい
「赦しなさい」は聞くが、「さばきなさい」はなかなか聞かない。しかし、イエス・キリストは「天の御国のかぎ」をマタイ16章ではペテロに、18章では他の弟子たちにも与えておられる。これは、教会に与えられた裁きの権限である。そして裁きの段階を教えている。「天の御国のかぎ」はコリント教会にも与えられている。ある人が、世の裁判に訴えた。パウロは教会が裁くべきではないかと言いたいのである。
「また、もし、あなたの兄弟が{あなたに対して}罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。」(マタイ18:15~18)
以下は、マタイの18章15節から18節の簡単な解説である。「もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。」加害者が罪を認め、悔い改めた場合のことを言っている。
「もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。」これは1対1の話し合いを拒否した場合、被害者は証人を伴って、罪の確認をする。
「それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。」証人を伴う話し合いで、罪を認め、悔い改めを勧めても拒否する場合は、教会にこの問題を扱うように勧めている。
「教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。」教会による兄弟の罪に対する審判を受け入れない場合、教会から追放するように勧めている。
「まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。」教会が禁ずるなら「天」(マタイでは神をみだりに使わない)でも禁じられる。赦すなら、天でも赦される。さばきは重い責任である。慎重な手順が踏まれるべきである。しかし、カルト化教会では、被害者の訴えは退けられる。間違った教会と天が完全に一つでないことを理解しなければ、服従関係に縛られることになる。にせ教師に惑わされないようにしなければならない。