人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

村上 密 Blog

仮庵の祭り 今も語りかける

「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水が流れるようになる。」(ヨハネ7:37、38)

イエスは、この言葉を仮庵の祭りの最後の日に語られた。祭りの期間、祭司はシロアムの池から水をくみ、祭壇に注ぐ。これは、出エジプト後の荒野の旅の中で、民がのどが渇いて水を神に求めたとき、岩から水を与えられたことを記念している。また、雨が一滴も降らない乾期の終わり頃であるため、農業祭としての雨乞いも含まれている。イエスは、このような宗教的祭儀を背景に、ご自身を心の渇きを癒す方として証言しておられる。

祭りの中であるため、イエスは大声で「だれでも」と呼び掛けられる。これはまさしく誰にでもである。「この祭りのときには、あなたも、あなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みのうちにいるレビ人、在留異国人、みなしご、やもめも共に喜びなさい。あなたの神、主のために、主が選ぶ場所で、七日間祭りをしなければならない。あなたの神、主が、あなたのすべての収穫、あなたの手のすべてのわざを祝福されるからである。あなたは大いに喜びなさい。」(申命記16:14~15)仮庵の祭りは、だれもが参加する、最も喜ばしい祭りである。年の最後の収穫を感謝する祭りでもあり、一年間のトーラー朗読の最終区分申命記33、34章、モーセが12部族を祝福した個所を朗読して終わる。

ヨハネの福音書は、聖霊について、最も多くを学ぶことのできる書である。ヨハネは「生ける水が川のように流れ出るようになる」を「イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである」と解説している。御霊はイエスの十字架、復活、昇天を通して、ペンテコステの日に信じる弟子たちの上に注がれた。イエスはサマリヤ人の女に語られた。「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。あたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」(4:14)そして、イエスは仮庵の祭りに参加している大勢の人に大声で「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」(7:37)と語られた。この「だれでも」の中に自分自身にも語られていると信じて、その呼びかけに応答する者は幸いである。最高の歓喜の祭り以上の喜びを体験することになる。

by maranatha | 2017-05-09 09:32 | 聖書
宗教問題