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村上 密 Blog

理性と論理の大切さ

聖書の中のユダヤ人を一括りに見てはならない。テサロニケのユダヤ人は「ねたみにかられ」(使徒17:5)とあるが、べレヤのユダヤ人は「テサロニケにいる者たちよりもよい人たち」(使徒17:11)とある。そのよさとは「非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日調べた」(使徒17:11)聖書に根拠を求める姿勢である。

今日、現象を追い求めるクリスチャンが増えている。体験主義、主観主義に陥って、そのことへの忠告を聞こうとしないクリスチャンがいる。聖書を調べ、聖書に根拠を求める信仰姿勢が必要である。歴史は、体験と主観に走る信仰者が惑わされることを教えてくれる。聖霊派の中に多くの問題が起きているのは、聖書と歴史から学ばない傾向が強いからである。ただ、一括りに聖霊派を見てほしくはない。聖霊の導きと聖書への真剣な取り組みをしている人もいるはずである。

パウロはどんな福音宣教をしたのだろうか。ヨーロッパ宣教においては「聖書に基づいて彼らと論じた。キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえなければならないことを説明し、また論証して『私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです』と言った」(使徒17:2、3)。「論じる」「説明」「論証」は論理的で客観的な取り組みである。その取り組みは何に対してか、それは変わることのない真理の神のことばである。

by maranatha | 2017-08-20 23:10 | 聖書
宗教問題