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村上 密 Blog

堅く立って 動かされず 3

教会は70周年を迎えました。

何もこれまで起きなかったわけではありません。

いろいろ起きました。これからも問題は起きます。

何が起きるかが問題ではなく、どのように問題に取り組むかが問題です。

その労苦はむだに終わることはありません。

パウロは、ほとんどの手紙を、教会の問題を戒め、矯正し、解決するために書きました。

この手紙が、キリストの教会を建て上げたのです。

コリントの第2の手紙13章1節にこのように書いてあります。

「すべての事実は、ふたりか三人かの証人の口によって確認されるのです。私は二度目の滞在のときにも前もって言っておいたのですが、こうして離れている今も、前から罪を犯しているほかのすべての人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦はしません。」

これはマタイ16章と18章に出てくる天の御国のかぎのことです。

パウロはコリントの問題に対して天の御国のかぎを使っているのです。

ふたりか三人かの証人はマタイの18章に出てきます。

教会が問題で倒れるか立てられるかは天の御国のかぎを使うか使わないかです。

私たちの教会にも天の御国のかぎが与えられています。

質問:パウロのような人が教会を建てても教会は惑わされるのですか。

答:誰が立てても教会は異端の教えに惑わされます。

ですから、しっかり立って動かされず、とパウロは言っているのです。

ADの50年ごろコリントの教会はパウロの伝道によって始まりました。

手紙は3年ないし5年たってからと思われます。

わずかな年数で教会は、パウロにつく、アポロにつく、

ケパにつく、キリストにつくと分裂しています。

さらには、世間にも無いような不道徳が起きています。

コリントの教会がなくならなかったのは神のあわれみです。

パウロの労苦は実を結びました。

15章58節に「主のわざ」とあります。

コリント人への第1と第2の手紙の中では、

主のわざは福音宣教と貧しいエルサレム教会を支援する献金を指しています。

このような献金を愛のわざとも言います。

あなたは自分の持っているお金を貧しい人のために捧げることをしていますか。

お金は、神と自分と他の人のために使うものです。

コリント教会の人は困窮しているエルサレム教会のために捧げました。

私たちもまた愛の業に励みましょう。


by maranatha | 2017-11-12 21:15 | 聖書
宗教問題