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村上 密 Blog

権威について 16

「あなたの神、主があなたに与えようとしておられるあなたのすべての町囲みのうちに、あなたの部族ごと、さばきつかさと、つかさを任命しなければならない。彼らは正しいさばきをもって民をさばかなければならない。あなたはさばきをまげてはならない。人をかたよってみてはならない。わいろをとってはならない。わいろは知恵ある者の目をくらませ、正しい人の言い分をゆがめるからである。正義を、ただ正義を追い求めなければならない。」(申命記16:18~20)これは、神がイスラエルの裁きを行う人に対する命令である。

イエスのたとえ話に不正な裁判官が出てくる。話されたことは、当時は日常的であった。ピラトは、イエスが正しいと思いつつも、裁判で群集の声に耳を傾け、バラバを解放した。ペリクス総督が裁判を伸ばしたのは、「パウロから金をもらいたい下心があった」(使徒24:26)からである。聖書はこのように裁判官の不正を幾つも取り上げている。裁判を否定しているのではない。不正な裁判官を問題にしているのである。裁判には正義が必要である。これが聖書の教えである。司法的権威を持つ者への注意事項は今日にも当てはまる。

教会には規則がある。しかし、規則に基づかない教会運営をしている牧師が増えている。規則違反を注意する信徒もいない。信徒が規則そのものを知らないで教会生活を過ごしているからである。これでは教会が牧師に乗っ取られ、思いのままに運営されてしまうことになる。教会役員は規則の学びが必要である。



by maranatha | 2018-03-23 22:15 | 権威
宗教問題