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村上 密 Blog

キリスト者の死

ヨハネの福音書は四福音書の中で最後に書かれた書である。すでにペテロは殉教している。ヨハネは、その死については知っている立場であるが、具体的には書いていない。ヨハネはイエスの言葉を書いたのち「これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。」(ヨハネ21:19)と思い起こして書き添えている。伝承では逆十字架に掛けられて殉教したと言い伝えられている。一般的には神の栄光を現してとは思えない死に方であろうが、神の目には神の栄光を現した死に方であった。「使徒の働き」の中に使徒ヤコブの殉教が記されている。ステパノの死については詳しく書いてある。どれも世間的には悲惨な死である。しかし、聖書は悲惨を伝えているのではない。彼らが信仰を全うしたことを書いている。このような死は神の栄光を現した死である。神は私たちを御子の尊い犠牲によって救ってくださった。そして神の子としてくださった。そうであれば、神にとって、私たちが信仰を全うして死ぬのであれば、それは神の栄光を現す死になるはずである。なぜなら、救われることも神の憐れみであり、死もまた安息に入る恵みだからである。私たちは老後のことを心配したり、どのような死をむかえるのか心配する必要はない。私たちが神の栄光を現すべく神がご計画してくださるからである。
by maranatha | 2018-06-19 22:48 | 聖書
宗教問題