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村上 密 Blog

よみがえりの信仰

信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。神はアブラハムに対して、「イサクから出るものがあなたの子孫と呼ばれる。」と言われたのですが、彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。
(新改訳聖書 へブル人への手紙11章17節から19節)

以上は、創世記22章の出来事をへブル人への手紙の記者がどのように解釈しているかがわかる場所である。ここには創世記22章にない言葉が出てくる。それは「彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。」である。アブラハムが神がイサクをささげよと命じられたときにためらわず行動を起こしたのは、神が全能の神でることとと神が語られたことは必ずなると信じたからである。記者は「イサクから出るものがあなたの子孫と呼ばれる。」(創世記21:12)と関連付けしている。これはイサクが乳離れするときに、神がアブラハムに語られた言葉である。記者はアブラハムがその時の神の約束の言葉をしっかり握っていたから、神の矛盾するような言葉にも従ってイサクをささげることができたのである、と言っているわけである。

私たちは神は全能の神であると信じている。しかし、神の言葉を信仰生活の中で実践していくとき、現実的な問題にぶつかり、実践を中途で放棄することがある。信仰とは自分の力で取り組み進めていくものではない。神とともに取り組んでいくものである。信仰の父アブラハムから私たちが学ぶとことは尽きない。

by maranatha | 2019-04-24 22:57 | 聖書解釈
宗教問題

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