伝道に成功も失敗もない。なぜなら、神が人を救われるのであって、私たちが救うのではないからである。私たちの務めは、福音を伝え、イエスがキリストであることを証していくことである。救いは神のわざである。誰かが、何人救った、と言う言葉を聞くと、その人が救ったのではないのに、と思う。牧師が、一生懸命に伝道して、何年も人が救われないため、燃え尽き症候群になってしまうケースがある。頑張ったのに、と言う言葉には、成果が表れないことへの苛立ちが含まれている。人の頑張りで人が救われるのではない、人を救われるのは神であるなら、時を待ち望む信仰が必要である。神は人を救いたいと願っておられる。だから、必ず救われる人が起こされる、と言う信仰である。