イエスは彼を見てこう言われた。「裕福な者が神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。金持ちが神の国にはいるより、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」これを聞いた人々が言った。「それでは、だれが救われることができるでしょう。」イエスは言われた。「人にはできないことが、神にはできるのです。」(マタイ18:24~27)
イエスは金持ちが救われることのむずかしさを語られた。しかし、イエスは「人にはできないことが、神にはできるのです。」と断言された。救いは神のわざである。19章には、人々から見て救われるのがむずかしいとおもわれるザアカイが救われている。だから、金持ちも救われる。ただし、救いは人のわざではなく、神のわざである。もし、金持ちが18章からの説教を聞いて帰ったら失望して帰るかもしれない。しかし、19章との関連を説教で聞いたら、希望を持って帰るかもしれない。ルカが伝えたいのはイエスの言葉である。「人にはできないことが、神にはできるのです。」この二人の金持ちの話の合間に、物乞いをして過ごしている目の見えない人が登場する。イエスは彼の目をいやされた。イエスが目をいやすことのできる方だ、と信じたからである。そして、イエスがダビデの子と呼んで、イエスがメシアであることを信じたからである。イエスは彼をいやし救われた。イエスは神である、とルカは語りかけている。神はどんな人をも救うことのできる方である。救いは神のわざである。