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村上 密 Blog

生きる

私は豆が好きである。大体何でも好んで食べる。特に小豆には目がない。大豆も好きである。乳飲み子の頃、両親は豆腐屋を営んでいた。その頃、母の乳の出が悪く、ヤギと豆乳で栄養を補った。よって、母にも等しいヤギを私は食べない。豆腐は大好物である。母は、あんたの頭は豆腐でできている。だから頭が良いと励ましてくれた。事実、豆腐には脳に良い、レシチンが含まれている。父は戦争中、健軍にある軍の施設で兵隊の給食係や馬の世話をしていた。幸い徴兵の年齢に達していなかった。それから、農業、五木の山奥で木の切り出し、三池炭鉱で仕事、パチンコ店経営、豆腐屋、伊勢湾台風復興工事作業員、箒製造、不動産、貿易、台湾で農業指導員、土木事業経営と家族を養うためにいろいろ働いてくれた。66歳で天に召された。召される前頃に、わしゃ、村で一番幸せもんだ、と言っていた。人生の振り返り、子供たちの成長を見届け、満足していた。人一倍教育熱心な父は私の保育園から高校卒業まで参観や面談に出てきた。母は教育を父に任せていた。小学生の時、家庭教師がいた。中学の時には薬学部の助教授の家での学びに父は送り迎えをしてくれた。高校の時は英語の教師の自宅近くに下宿させてくれた。お前は次男だから頭の中に財産を詰め込んで出ていくんだと言っていた。どうも私が家族の中で一番金を食ったようで、ひつじ年生まれだ。豊かな食卓のおかげで、私も兄も妹も体は丈夫だ。父の召された年に段々近づいてきた。兄が66歳になったとき、おやじの亡くなった歳になったばい、と言っていた。父が召された時、兄弟で、おとっつあんのとしゃこえよ、と話し合った。66歳は他の人にとっては意味がないかもしれないが男兄弟にとって大きな区切りだ。異端、カルト問題を取り組んできたので、いつ召されてもよいように生きてきた。それが後2年で66歳を迎える。いのちを差し出すような仕事をしてきたが、愛がないならばいっさいが無益であるとの教えを無にしないようにして生きたい。
by maranatha | 2019-07-02 15:13
宗教問題