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村上 密 Blog

訴訟前 一審 二審 3

唐沢氏と私と関係があるとしきりに書き立てた時期がある。「悔い改めを拒否し、教会を分裂に導き、教会を冒涜して、滅びに向かう唐沢治と村上密と杉本徳久」(5.15)「この度、村上密が唐沢治を擁護するために、唐沢の陳述書をブログで公開したのであり、この二人が提携したのは、まさに必然の結果だったと言える。」(5.15)京都教会は重大な危機を迎えている。長澤牧師もいなくなり、次には必ず、村上密も失うことになる。この教会は、やがて壊滅的な打撃を受ける。唐沢になど関わっていれば、存続さえできなくなるだろう。悪いことは言わない、今のうちに筆者の忠告を聞き入れなさい。」(5.15)関係がないにもかかわらず、彼女の世界では唐沢氏と私はつながっており、「忠告を聞き入れないさい」と命令調で警告している。「唐沢などは、自分たちに共謀関係などあるはずがないと、筆者の論を嘲笑っていたが、今、村上が唐沢治の陳述書を公開している有様を見ても、その当時はなかったネットワークが、今、出来上がっている様子が分かるのである。」(5.16)唐沢氏がこのような発言をしていることを、私はこのブログで知った。それでも彼女はそれを無視して、唐沢氏と村上はつながっていると思っていたわけである。「村上も、唐沢も、自分のしたことの報いを受けるだろうと筆者は予測している。」(5.19)と言っていながら今度は「唐沢も村上の被害者であることを考慮し、唐沢への訴訟は見合わせる」(11.15) と書いている。「こうした霊的法則性が存在すればこそ、すでに杉本には敗訴と共に破滅が降りかかり、さらに、村上も二審で不利な立場に立たされることになり、唐沢にも同じ追及の手が及ぼうとしているのである。」(5.20)どんな霊的法則性だろうか。もともとなかったものをあると思い込ん追及すると勇んでいたに過ぎない。
by maranatha | 2019-11-20 23:27 | 裁判
宗教問題