人気ブログランキング |
ブログトップ

村上 密 Blog

赦しについて

「気をつけていなさい。もし兄弟が罪を犯したなら、彼を戒めなさい。そして悔い改めれば、赦しなさい。かりに、あなたに対して一日に七度罪を犯しても、『悔い改めます』と言って七度あなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」(ルカ17:3,4)

イエスはクリスチャンの間での罪をどのように扱うかを教えている。イエスは罪を犯した人を戒めなさいと教えている。そして悔い改めれば赦しなさいと教えている。それが一日に七度であっても、悔い改めます、と七度あなたのところに来るなら、赦しなさい、と教えている。注意したいのは、戒める、悔い改める、七度でも悔い改めますと来るなら赦しなさい。牧師もクリスチャンもクリスチャンの罪に対しては甘い。ただ赦しなさいだけを強調している。それは、このルカの福音書を使わないで、マタイの福音書を使うからである。自分たちに都合の良い方を選ぶのはご都合主義である。

「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」イエスは言われた。「七度まで、などとは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタイ18:21,22)

イエスは赦しなさいを教えている。ここには悔い改めが書かれていない。それで、牧師たちやクリスチャンたちはただ赦しなさいがイエスの教えだと思い込んでいる。そうではない。18章21節から35節は一つの段落である。そして、18章15節から35節はクリスチャンの間の罪をどのように扱うかを教えている。23節以降は罪をどのように扱うかのたとえ話である。そこでは赦しなさいが無条件でないことがはっきり書かれてある。返済します、と訴えるものあわれむようにと教えている。貸借関係を反故にする話ではない。以上のことから、文脈を無視してマタイ18章21,22節から赦しを解くことは間違いである。

by maranatha | 2020-01-06 22:55 | 聖書解釈
宗教問題