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村上 密 Blog

牧師

教団に属しながら教団が歴史的に否定してきた教えを牧師が教会の中に取り入れている。教団がこれを黙認しておくことは教団運営上間違っている。日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団はJEAに加盟するとき、すんなりと加盟できたわけではない。聖書啓示と直接啓示を同列に置かないで、聖書啓示を重んじる教団であることが明白になったので加盟できた。私たちの教団が福音主義に立つペンテコステ教団というのはこのような経緯があるからである。ところが、ダビデの幕屋の回復、預言者の回復、使徒の回復を強調するレストレーションを取り入れている教職が教団の中にいる。このレストレーションは聖書に基づくものではない。ダビデの幕屋に関してはペテロが使徒の働きの中ではっきりと教えている。(使徒15章)預言者の回復、使徒の回復は、彼らが強調する五役者はエペソ書からだが、それは回復と何の関係もない。このレストレーションは聖書啓示より直接啓示を重んじる人々によって支持されている。そうでなかっらた聖書から導き出されない教えを強調するはずがない。この信奉する牧師たちは牧師を油注がれた器と言って牧師の権威をことさらに強調する。プロテスタントは牧師も信徒も神の前に平等である。ともに万民祭司である。牧師だけが特別ではない。牧師は教会を運営していくための機能職である。牧師の役割を担っているに過ぎない。「牧師」という用語はエペソ書に一回出てくるのみでほかのどの書にも出てこない。一回しか出てこない用語も、現代の「牧師」と全く同じではない。私たちが使用している「牧師」はキリスト教の歴史に中でできた制度である。多くのプロテスタントの教会はこの牧師制度を取り入れている。長老制、監督制、会衆制のいずれかを取り入れている。まれに牧師制度を採り入れないで教会を運営している教会もある。超教派の活動が1980年代から活発になり、教派の壁が低くなった。低くなってもいいが、それを飛び越えて否定されているものを採り入れたら、教団に属している意味はない。また、それを放置していれば教団はいつの日かかつて相いれないと判断した教えに乗っ取られてしまうことになる。危機というのはそのようなことが進行しつつあり、乗っ取られてしまえば危機とは言わない。
by maranatha | 2020-09-03 20:31 | 牧師
宗教問題