人気ブログランキング |
ブログトップ

村上 密 Blog

教会の不祥事を扱う

聖公会の審判定を相談者に勧めたのは、民事訴訟だけではなく、教会として扱わなければならないと判断したからである。それが聖公会で初めての審判定となった。これまではどうだったか。運営上の責任者たちが合議で問題を扱ってきた。それでは相談のあった事件は、公平性と公開性に欠けるため、審判定を勧めたのである。なかなか開かれなかったが、最終的に、利害関係者を外して、審判廷が開かれ、被害者が勝った。

聖公会には「教会裁判」がある。カトリックにもある。しかし、福音派やペンテコステ派、カリスマでは、ほとんどが、教会役員会で扱っている。その際、利益相反しないように利害関係者を除いて、問題を協議しているだろうか。5人構成の役員会で、牧師、牧師の妻、親族、親族でない教会員2名は公平でない。民主的な運営では、親族が3分の1を超えることはない。牧師が問題を起こしたとき、牧師を役員会から外して協議しなければならないが、利害関係者の妻と親族も役員会から外さなければならない。3名を役員会から外して残り2名では役員会が成立しない。このようにならないように5名の役員会には牧師の親族を加えてはいけない。

カルト化した教会では、教会内で起きた問題は牧師の一存で決まってしまう。役員は牧師の意見を拝聴し、忖度して異議を挟まない。牧師が問題を起こしても、公平な裁きは望めない。よって、教会の外で公平に問題を扱う場合、教団の理事会ないし裁判となる。理事会は牧師の肩を持つ。理事会が牧師によって構成されていることが多いからである。信徒が理事会に加わっているケースもあるが、比率から多数ではない。教団は教職が有利な運営形態となっている。そういうわけで公平性を求めて裁判に持ち込むことが起きる。裁判になじむものとなじまないものがあるが、近年、教会の不祥事が多発するようになり、裁判が増えた。

by maranatha | 2020-11-25 15:01 | 裁判
宗教問題