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村上 密 Blog

貧しくとも 敬虔であれ

アモスはウジヤ王の時代の人である。彼は幻を見る人で、神から北イスラエルに遣わされた。「わたしは預言者ではない。預言者の弟子でもない。わたしは家畜を飼い、いちじく桑を栽培する者だ」(7:14)と言っている。貧しい羊飼いと言っていいかもしれない。なぜなら、イエスの降誕の時に出てくる羊飼いに共通しているからである。この羊飼いたちも、当時は羊を飼い、いちじく桑の世話をしていた。過ぎ越しの時期、収穫の後には畑に草が生える。それは仮庵の祭りの頃までである。畑の持ち主は、羊飼いたちの羊に草を無料で提供して、代わりに、羊飼いにいちじく桑の世話をさせた。アモスの時代もイエスの時代も土地を持たない人々がいて、貧富の差が大きくなっていた。そのような時代の羊飼いは貧しい身分となっていた。私たちはどうして最初の良いニュースが羊飼いに伝えられたのか疑問に思う。イエスが生まれたときに訪ねてきた羊飼いたちはただ貧しいだけではない。アモスのように神を信じる敬虔な人たちである。私たちの時代も貧富の差が拡大している。土地を持たない羊飼いたちのように、労働の対価として十分な賃金を得ることができない状況がある。けれども、貧しくとも敬虔に生きたい。
by maranatha | 2020-12-24 10:28 | 聖書
宗教問題

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