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村上 密 Blog

慰めの神

コリント人への手紙第一と第二の違いは、第一の宛先がコリントの教会に対して、第二はコリントの教会、ならびにアカイヤ全土にいるすべての聖徒たちへ、である。第二の書かれた目的は、パウロは本当に使徒かに対して、正統であることを主張するためである。パウロは、アカイヤ全土にもパウロが使徒であることを否定する者たちに惑わされた人たちがいたので、コリント教会だけでなく、アカイヤでも読まれるように書いた。

さて、第二の1章と2章には「慰め」が何回も出てくる。このことから「慰めの書」とも言われている。パウロは自分たちと主イエス・キリストの神が同じ神であることを「私たちの父なる神」(2)「私たちの主イエス・キリストの父である神」(3)と書いて、「あわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神」(3)とさらに神がどんなお方であるかを書いている。この「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。」(4)とこの手紙を読む人に紹介している。神は苦しみにあわないようにしてくださる神ではなく、パウロは「苦難に耐え抜く力を。あなたがたに与えてくれます。」(6)と書いている。この慰めは、「自分たちが神から受ける慰めによって、同じ苦しみの中にある人たちを慰めることができます。」(4)と、広がりをもたらすものである。

私も苦難を経験した。苦難の中で慰めてくださる神を経験した。耐え抜く力を与えられ、今も生かされている。少々のことでは動じないようになった。それは、困難がないようにしてくださいと祈ったからではない。困難の中で慰めを与えることのできる神を信じたからである。

by maranatha | 2021-01-17 22:54 | 教会
宗教問題