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村上 密 Blog

小さい頃、村の中の道は砂利道、農道や小さな道は泥道だった。時々、所々に砂利が運ばれて、積まれてあった。道を均す人が自転車でやってきて、スコップとクワを使って均していた。子どもたちは、砂利の山を見かけると、急いで砂利山に駆け寄り、ろう石を探した。これで、地面に落書きして遊んだ。きれい石はポケットに入れて持ち帰った。今も石拾いの癖が残っていて、出張先の川や海岸、道端や崖で石を拾っては家に持ち帰り、家は石だらけである。朝日町のヒスイ海岸には数回訪れた。あそこにはきれいな石がたくさんある。いつの間にか砂利が砕石になり、殺風景になった。そして、全国津々浦々アスファルト舗装になった。泥道の頃は、雨が降ると道がぬかるみ、ぬかるんでいない所に足を延ばし、或いは飛んで歩いた。バシャバシャと泥水を踏みつけて遊び、服を汚して母に怒られたこともあった。砂利道の頃は、道の両側は草むらで溝だった。山から水が流れていて、メダカ、カガメ、ミズスマシ、ドジョウ、小ブナ、大雨の時は、山の堤からフナやコイが流れてきて、溝に素足で入り、大急ぎで魚を捕った。山の中の道はほとんど知っていた。山は遊び場だった。昭和30年代から40年代かけて村の道は急速に変化していった。
by maranatha | 2021-02-10 22:15 | 故郷
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