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村上 密 Blog

説教は労働か

週刊文春4月1日号を購入した。34ページに、西日本福音ルーテル教会の記事が掲載されてある。「」を抜いて、不正受給、と書いてある。労働問題に詳しい弁護士は「不正受給に当たると言わざるをえません。」と指摘している。宗教法人が雇用調整助成金を申請することに対して、欧州の伝統的な教会を引き合いに出しているが、比較にならないケースを引き合いに出している。「牧師が税金で養われることが非聖書的であると言えないことの証左である」と助成金申請を肯定する発言を教団幹部が発言している。であるなら、なぜ、助成金を返金するのか。常議員会議長は労働局と「労働の定義について認識の違いがあり、返金させてもらったんです」と言っているが、全くおかしな発言である。議長は、説教しないことが、労働しないこと、と発言している。労働局は、説教外も牧師の働きではないですか、と見ている。ヨハネの福音書では「わたしの羊を飼いなさい」(21:17)とある。牧会は大切な牧師の務めである。この牧会をしていながら、これは労働ではない。だから助成金を申請できると自己弁護している。私の理解は、牧師のすべての働きは労働ではなく、奉仕である。牧師は、労働の対価としての「給与」ではない、奉仕に対する謝儀として受け取っている。だから、助成金を申請しない。説教のみを労働とみなす議長の発言は非聖書的である。多くの牧師が教会からすくない「給与」を文句も言わないでいただいているのは、謝儀として受け取っているからである。教会は、労働として常に超過勤務の状態にある牧師の給与請求には高すぎて応じきれない。
by maranatha | 2021-03-30 21:38 | 教会
宗教問題