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村上 密 Blog

善悪二元論

前回、説得ではなく対話の大切さについて書いた。その為には家族のだれかが理解者として立つ必要がある。ところが、善悪二元論に陥っている信者は、理解者が自分に賛成でないと、反対者とみなしてくる。彼らは自分の信仰に対して家族が賛成か反対かの見方しかできない。理解者が賛成者にならないと判断したら、どんなに親しくても関係を切ってくる。カルトの指導者は、家族を切った信者を信仰的と持ち上げるので、カルト内での受けはよくなる。家族関係を切ると、カルトが疑似家族となり、疑似家族での家長である指導者の権限は一層強くなる。外に頼るものがなくなるために、指導者への依存を深めるからである。疑似家族が家族の勝ることはないのだが、家族は聖ではなく俗とみなすので、家族の情愛も否定する。善悪二元論は自分を常に善の側(神側)に置くので、自分に反対する人々を悪(サタン側)とみなし、対話さえけんか腰となる。この思考に陥った信者は男性でも女性でも言葉が荒くなる。どうしたら、このような世界観から抜け出せるのか。それは理想と思った自分の属する団体の中で、失望するような出来事が起きたときにである。理想が現実に引き戻されることがある。この時に、以前にこの団体をやめた人々の情報に触れたりすると、そう言えば、脱会者の言っていることに符合することがいくつもあったと思い至って、脱会することがある。すなわち、理想に燃えているときは、説得は効果がないが、理想と現実のギャップに自分自身が身を置くようになった時に、脱会の機会が訪れてくることになる。
by maranatha | 2021-04-07 20:48 | カルト
宗教問題