2021年 07月 20日
カルト後遺症
脱会届をカルト団体に提出するには勇気がいる。多くの人々は離脱で済ませる。相談があった場合は、脱会届を出すように勧める。自分の意思表示と記録が大切だからである。脱会届を提出すれば、脱会後にカルトからの勧誘や案内を制限できるので精神的にも安心できる。カルトを脱会して、何でこんな団体に多くの年月を費やしてしまったのだろうか。悲しみが怒りに、そして暴力に発展することがある。この暴力は身近な物を破壊するぐらいならまだいい方である。カルトの指導者に怒りを向ける精神力がないので、身近な人に怒りをぶっつけて関係を悪化させ、脱会後の狭い人間関係をさらに狭くすることがある。または、ぶっつけても反撃はして来ないだろうと思って、人のよさそうな人にぶっつけることもある。このようなことをブログを使ってすると、広くその人の精神状態が人々に知れ渡り、その後の人間関係を築くことの妨げとなる。脱会後は自分のことで精一杯で、周囲や先々のことに思いが至らないので、親身に関わってくれる人との会話が大切である。社会常識を取り戻すためには、親身な人との会話が回復に役に立つ。匿名でブログを使ってあたりかまわず妄言をまき散らす場合は、カルトの後遺症で、人間を信じれない、組織を信じきれない精神状態である。どんな人とも良い関係を築けないのは自分に原因があるのではなく、他の人に原因があると、原因をすり替えるので、関わる人はやがてみな攻撃の対象となる。信仰だけが、孤独を支えるが、その信仰ははなはだ身勝手で、自分だけが正しい信仰者と思い込むことになる。独善に陥らなければ、自分の精神状態を支えきれないからである。独善を維持できればそれはそれで不幸であるが幸せと思って生きていける。しかし、独善であれば、現実の世界では人との良い関係を築くことは難しことである。このような独善者は、承認要求が強く、ほめられることを求め、非難する人に対しては、激しく汚い言葉で攻撃する。その人の言葉使い、文章表現で、その人が何ものであるかを自らの言葉と文章を明らかにしていることになる。カルトの後遺症に気づかないで過ごすと、カルトで失った上にさらに失うものが出てくる。言葉を慎み、ペンを置き、静かに自分を取り戻す忍耐が必要である。
by maranatha
| 2021-07-20 21:01
| カルト