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村上 密 Blog

『権威主義の問題』

 教会の「カルト化」による被害者をカウンセリングで扱う時、よく質問される聖書箇所がある。ローマ人への手紙13章である。「人はみな。上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によってたてられたものです。したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。そむいた人は自分の身にさばきを招きます。」(1,2節)この箇所は、しばしば国家権力への国民の服従を義務づけるために引用されるところでもある。 

 クリスチャンが腐敗して権力を乱用する国家体制や、キリストの教えをゆがめている教会に、ただ服従して良いだろうか。イスラエルの預言者たちは、イスラエルの王や指導者たちにただ服従しただろうか。罪を指摘し、批判をしたではないか。ルターやカルヴィンが当時のカトリックの教皇に服従しただろか。彼らも又、預言者のように罪を指摘し、聖書解釈の誤りを正し、体制への批判をしたではないか。聖書は、無条件に「権威」への服従を強制していない。権力はやがて腐敗し、権威も落ちる。キリスト教が今日まで続いた理由の一つに、自浄作用がある。 

 カルト化した教会の牧師は、誤った権威を保つためにローマ人への手紙13章をしきりに強調する。いつ国家権力への服従がカルト化した教会の指導者への服従と等しくなったのか。聖書はむしろ牧者に対して「割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。」(1ペテロ5:3)と勧めている。又、「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。」(マルコ10:43,44)と書いてある。キリストは「僕」として模範を示された。牧師もクリスチャンもその模範に習うべきだ。

 私はカウンセリングの中で、被害者は弱い立場に追いやられているけれども、被害の状況を出るところに出て、しっかり証言すれば逆転が起ると伝えている。聖神中央教会の永田保元牧師は権力をほしいままにし、被害者を次々に作っていった。しかし、彼を権力の座から引き下ろしたのは被害者の少女たちである。「証言の力」にカルト化の被害者は目覚めなければならない。事実の証言より、真実の証言は勝り、真実の証言より、真理の証言は勝る。共に、「証言の力」によって誤った権威主義の壁を打ち破って行きたい。
by maranatha | 2013-04-13 00:19 | 権威
宗教問題