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村上 密 Blog

ブランチが何故できたか、何故必要か

 沖縄キリスト福音センターのカルト化に伴い、2000年以降に、深刻な問題が顕在化しました。その結果、大勢の教会員が沖縄リバイバル教会や他の教会に移動しました。元教会員の中には、カルト化の問題を風化させてはいけないと思い続けている人々がいました。そういう人々の中から、2005年の春頃から、相談が寄せられ、私は聞き取りとカウンセリングを続けてきました。そして、カルト化の予防と問題の啓発のため、被害者の裁判を支援してきました。沖縄のキリスト教会のある牧師会からは、このような取り組みが歓迎されず、被害者も私も非難を受けました。どこかの教会で礼拝を守ろうと考えていた被害者たちは、非難する牧師の教会と傍観する教会を信頼することができず、自分たちで信仰を守り続けてきました。そういう経緯の中で、被害者たちの中から、宜野湾に教会をという声が上がり始めました。こうして、カルト化予防と啓発を教会の中に取り入れた仮称宜野湾ブランチ(正式には七條基督教会の家庭集会、ブランチ規約成立後はブランチに変更予定)が2008年6月に始まりました。

 沖縄ベテル教会のカルト化の問題が顕在化してから、この教会はいくつかに分裂しました。それは、私が相談を受ける前のことです。分裂の後、私は被害者たちから相談を受けるようになり、毎月沖縄でセミナーとカウンセリングを継続してきました。使徒と自称する傲岸不遜なエミルダに対して、被害者は経済的な被害で裁判に訴え、勝訴しました。にもかかわらずミランダの夫であるラフィーは礼拝の場で「勝った!勝った!」と奇妙な言動をしました。残った教会員の中には、勝訴したと思い込んでいる人もいます。一方的な情報しか信じない人は、情報のマインドコントロールにかかっていると言ってよいでしょう。被害者の裁判に訴えるという方法は、沖縄のある牧師会には歓迎されず、沖縄キリスト福音センターの被害者たちと同様に、非難を受けました。被害者が困難の中にいる時は、手を伸ばさずに関わりを避け、私が関わってから裁判を支援すると、無関心から非難に変わりました。被害者が途方に暮れて、裁判する権利に目覚めない方が、彼らにとってよかったのでしょうか。このような非難と傍観の中で、カルト化の被害に目覚めた元教会員たちは「みくに教会」を始めました。そして単立の弱点を克服するために、どこかの教団に加入しようと検討するようになりました。その結果、困難の中で私を派遣し、支援してきた七條基督教会(通称アッセンブリー京都教会)に数十名が転会を申し出てきました。何度も協議し、ブランチ規約を作成し、2008年6月から沖縄ブランチとしてみくに教会は再出発することになりました。

 裁判に対する非難は、情報不足と古い体質からです。親身に被害者の状況を聞き、被害実態に目を向ければ、とても放置しておくことはできないはずです。「センター被害者の会」のブログは、沖縄キリスト福音センターで何が起きたかを詳しく伝えています。それでも、理解と支援、知識と行動には大きな隔たりがあります。消防士は火炎の中に飛び込まなければ炎の中にいる人を救い出すことはできません。そのように援助者は安全圏にいては、被害者を救うことはできません。沖縄の牧師会はカルト化した教会の問題を裁くことはできません。牧師会は交わりであり、宣教の協力関係です。交わりを断つことはできても、問題を裁く権限は交わりに含まれていません。単立教会は上部団体がありませんから、自らチェック機能を身に付け、自浄作用をもつしか、カルト化を予防できません。カルト化した教会には正しく裁く人がいません。牧師自身が権威主義で独裁者で問題です。被害者は世の裁判に訴えて、被害の回復をするしかありません。それを非難するとは何ということでしょう。「裁判は教会になじまない」という古い体質こそ問題です。転会者は受け入れても、転会者の問題は受け入れません。転会者と問題は不可分です。それを「赦しなさい」と強制することは大きな問題です。これでは解決にも予防にもなりません。私は加害者が自分の罪に目覚め、謝罪し、償うことが解決だと思います。被害者はこれなら赦すことができます。相手に伝わっていない一方的な被害者の赦しは和解ではありません。私は和解交渉を引き受けます。相手から和解を拒否されれば、裁判に訴えるように被害者にアドバイスをします。和解を拒否する加害者は自分の罪と向き合えない、常に自己正当化する人物です。被害者は裁判によって加害者に社会的制裁を加え、彼らの行動にブレーキをかけて予防することができます。霊感商法の被害者が統一教会を裁判に訴え、勝訴することによって、度々新聞に取り上げられます。そして被害拡大を予防することになります。教会のカルト化がメディアに取り上げられることは、被害の拡大の予防になります。報道されることは悲しいことですが、カルト化を放置することは、キリスト教会の責任の放棄です。裁判による被害者救済の新しい取り組みを非難することは簡単です。しかし、非難する人がどんな救済活動をしているのでしょうか。助けの手を伸ばさずに、非難する人は二次被害を与えています。まだ傍観者の方がましです。しかし、それはキリスト者の取るべき道ではありません。温かい支援者と教会が起こることを希望します。それこそが傷ついた人々が避難できる所です。

 アッセンブリー京都教会は、ブランチのおおいとなって援助し、やがて、ブランチが自立して健全な教会に成長することを願っています。カルト化した教会が分裂し、細分化したカルト化した教会にならないために、分裂したところの教会の牧師は気をつけなければなりません。そのためには、リセットするために、一時、神学校へ入学するとか、通信で学ぶとか、自己研鑽を積む必要があります。ブランチの取り組みは、掩護(えんご)とカルト化予防のネットワークです。カルト化の被害者の心理を理解し援助する教会が全国に必要です。
by maranatha | 2008-09-02 22:57
宗教問題

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