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村上 密 Blog

カテゴリ:パウロ( 7 )

パウロがたいせつにした福音

パウロは、「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと」(1コリ15:3~4)と、コリントの教会への手紙に書いている。ここでイエスの十字架と復活を、「聖書の示すとおり」「聖書に従って」と根拠を示し、「私も受けたことであって」と自分の作った話ではないことを強調している。パウロの福音はイエスの十字架の赦しとイエスの復活とキリスト者の復活である。1章と2章には十字架が書いてある。15章には復活が書いてある。手紙において十字架をαとするならば、復活はΩである。このαとΩの間にコリントの教会の問題を扱っている。それは、赦しと究極的な裁きの間で教会の問題を扱っていると言える。
by maranatha | 2017-04-27 16:37 | パウロ

パウロとコリントの教会と天の御国のかぎ

パウロは、天の御国のかぎを、コリントの教会に勧めた。2コリント人への手紙には、1章に「慰め」が多い。2章には「悲しみ」が多い。パウロの先の手紙は「涙の手紙」(2コリ2:4)「愛の手紙」(2コリ2:4)「ためす手紙」(2コリ2:9)と言える。この手紙を受け取ったコリントの教会は天の御国のかぎを用いた。これによって、罪を犯した人が悔い改め、「深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれない」(2:7)状態にあった。教会もまた悲しみに沈んでいる。それで、パウロは「慰めの手紙」(2コリント)を書いたのである。

「その人」(2コリ2:6)と呼ばれる人が、どのような罪を犯したかは、この箇所ではわからない。しかし、教会が「その人」の罪を扱ったことが「多くの人から受けた処罰」(2:6)でわかる。ひとりが責めても聞き入れなかった。証人を伴っても聞き入れなかった。教会で取り上げられて、やっと「その人」は悲しみ、悔い改めた。教会は交わりを絶たなかったので、「その人」は留まっていた。教会も共に悲しんでいた。パウロは、その人を赦し、慰め、愛するように勧めている。(2コリ2:8)「もし、あなたがたがその人を赦すなら。私もその人を赦します。私が何かを赦したのなら、私の赦したことは、あなたがたのために、キリストの御前で赦したのです。(2コリ2:10)マタイにおいては「天」(神の言い換え)をパウロは「キリスト」に置き換えている。

マタイの天の御国のかぎをわかりやすく書いてみた。「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたらあなたは兄弟を得たのです。(注1:もし聞き入れなかったらあなたは兄弟を失ったのです。)もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。(注2:もし聞き入れたあなたたちは兄弟を得たのです。)それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞き入れないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。(もし聞き入れたのなら教会は兄弟を得たのです。)まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐ(欄外注:禁じる)なら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解く(欄外注:赦す)なら、それは天においても解かれているのです。」(マタイ18:15~18)

注1,2,3は導き出せる言葉である。

参照:天の御国のかぎ
http://maranatha.exblog.jp/17696507/
http://maranatha.exblog.jp/17745150/
http://maranatha.exblog.jp/18313206/

by maranatha | 2017-04-22 23:40 | パウロ

テモテ、パウロ、ステパノ

 ある時、使徒の働きを逆に読んで見た。パウロは、第2回伝道旅行に、ルステラに住む評判の良いテモテを連れて行きたいと思った。いつ、テモテはイエスを信じたのだろうか。パウロは、第1回伝道旅行でルステラで伝道した。ルステラでは、パウロは石打にされ、死ぬほどの体験をした。パウロは、このような体験をしたルステラの町で、テモテを得たのである。パウロは、どのような経緯で、イエスを信じたのだろうか。ダマスコ途上で復活のキリストに出会って回心した。そのパウロは、ステパノが石打にされるのを見、彼のとりなしの祈りを聞いている。パウロは、ステパノのとりなしの祈りで救われた人である。テモテとパウロの間には石があり、パウロとステパノの間にも石がある。この石は、人に死をもたらし、救いをもたらす。神は人も石も用いられる。ステパノの死は無益ではなかった。パウロを得たのだ。パウロの瀕死もそうである。かわいそうと見る視点から神のご計画という視点に立って、歴史を読もう。
by maranatha | 2013-12-12 17:21 | パウロ

パウロの信仰観

 パウロ一行は、伝道旅行に出かけた。彼らは、ローマ帝国の主要道路上にある、ユダヤ人会堂のある都市から都市へ移動しながら伝道している。その途上「彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った」(使徒16:6)パウロは重い病に罹り、ガラテヤに留まる。その結果、ガラテヤの教会が誕生した。信徒たちは、パウロの病を気づかい、「自分の目をえぐり出して私(パウロ)に与えたいと思った」(ガラテヤ4:15)ほどであった。パウロの病は眼病であろう。やや回復したので伝道旅行は再開された。「ムシヤに面した所にきたとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった」(使徒16:7)何故だろうと思いながら、パウロたちは「ムシヤを通って。トロアスに下った」(16:8)ある夜、彼は「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」との幻を見る。彼らは話し合い、確信をもってマケドニヤへ出発した。このトロアスでパウロ一行にルカが加わった。「彼ら」から「私たち」に表現が変わっている。「使徒の働き」はルカが書いたものである。医者ルカがパウロ一行に加わったのは、パウロの病が関係していると思われる。その後、ルカはローマの獄中までも共に過した。ルカは最もパウロに付き添った人である。
 この一連の出来事を通して、今日の流行の「霊の戦い」という信仰観が正しいかどうか考えていただきたい。宣教が妨げられれば悪魔や悪霊の所為にし、重い病に罹れば、悪魔か不信仰の所為にする。神が全てを支配しておられるという神の主権を見落としているのではないか。パウロの病が、ルカの同行につながる。ルカはいろいろな人と出会う。パウロから学び、手紙や資料を読む。これらが、やがて「ルカの福音書」「使徒の働き」を書くことになろうとは、だれが考えただろうか。パウロが重い病でガラテヤに留まり、教会が誕生する。そのことが、やがて「ガラテヤ人への手紙」に結びついていく。私たちが読んでいる貴重なパウロやルカの書は、彼らにとって避けたいことや不都合な出来事が原因である。パウロの信仰観は「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる」(ローマ8:28)によく表れている。そして、この信仰観は「私たちは知っています。」(ローマ8:28)と彼が書いているように、その当時、キリスト者が共有していた信仰観であった。私たちはこの信仰観を共有しているだろうか。それは神の主権に基づく信仰観である。「霊の戦い」は神の主権を著しく貶める信仰観である。それは、神と悪魔の戦いであり、二元論である。
by maranatha | 2013-11-13 11:12 | パウロ

パウロの母

 「主にあって選ばれた人ルポスによろしく、また彼と私との母によろしく。」(ローマ16:13)この箇所から、パウロの実母がローマに住んでいると判断するのは早計である。彼女は、ルポスの実母である。ルポスは、マルコの福音書の中に出てくる。マルコはこの福音書をローマ人のために書いた。「そこへ、アレキサンデルとルポスとの父でシモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架をむりやり彼に背負わせた。」(15:21)このような表現は、他の福音書には出てこない。マルコだけに出てくる。それは、ローマ人にシモンの子たちが知られていることを表している。パウロが母という女性は、シモンの妻ではないか。パウロは、伝道旅行の中で教会を建てていった人である。母という表現は、むしろ、温かく迎えられた関係の中で表現される言葉である。そうすると、アンテオケ教会のニゲルと呼ばれるシメオン(へブル名)が、シモン(ギリシャ名)であるから、あの十字架をむりやり背負わされた人物と推定される。タルソに引き籠っていたパウロを、バルナバはアンテオケから迎えに来た。パウロは異邦人宣教の使命を復活のイエスから与えられていたが、まだ、実行に移す段階には至っていなかった。ところが、アンテオケ教会に招かれ、シメオンらと親しく交わり、宣教を共にし、やがて異邦人宣教に祈って遣わされることになった。シメオンの家族には、アレキサンデルとルポス、その妻もいて、パウロは家族ごと親しかったと思われる。やがて、ルポスとその母がローマに住むようになり、それを知ったパウロが、手紙の中であいさつをしているのではないか。「主にあって選ばれたルポス」とは、十字架をイエスに代わって背負うように選ばれたシモンが、その後、彼と彼の家族もイエスを救い主と信じ、宣教に従事するようになったことを表しわしているのではないか。十字架をむりに背負わされた人がやがて十字架の福音を家族共々背負う人々になる。何という神のご計画であろうか。私たちは、この神に、この時代に救われ、世に遣わされている。
by maranatha | 2013-11-11 14:21 | パウロ

パウロの獄中書簡

 エペソ人への手紙、ピリピ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピレモンへの手紙、この4つの手紙は、パウロが獄中にあるときに書いたので、獄中書簡と呼ばれる。エペソ人への手紙(6:21、22)とコロサイ人への手紙(4:7、8)にはテキコが共通して出てくることから同時に書かれた。コロサイ人への手紙には「また彼(テキコ)は、あなたがたの仲間のひとりで、忠実な愛する兄弟オネシモといっしょに行きます。」(4:9)これで、オネシモがコロサイの教会と関係が深い人物だと分かる。ピレモンへの手紙は、回心した逃亡奴隷のオネシモを主人であるピレモンへ送り返すために、個人的に書いた手紙である。パウロは、獄中からオネシモを送り返すにあたって、テキコを同伴させ、この二人に3通の手紙を託したことになる。ピリピ人への手紙は、大病をしたエパフロデトが癒されたので、送り返すために手紙が書かれた。私たちが手にしている獄中書簡は、逃亡奴隷が、大病した人が手紙のきっかけとなっている。盗難、大病、それはどれもうれしくない出来事である。しかし、出来事は出来事で終わらない。神はご自身を信じ、愛する者のために、出来事を益としてくださる。早々と失望と嘆きを口にしないようにしたい。
by maranatha | 2013-10-26 18:39 | パウロ

パウロの召命

 パウロの召命と預言者の召命の共通点を取り上げてみたい。パウロの召命については次のように書いてある。「もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。」(コリント人への第1の手紙9:17)『詳訳聖書』はもっとわかりやすい。「なぜなら、私がもしこの働きを自分の自由意志によってしているのなら、私は賃金<報酬>を受けます。しかし、たとえこの事が私自身の意志でなく、いやいやながら<しいられて>なされるとしても、私は[やはり神聖なる]受託者の権能<委任>を得ているのです。」前節には端的にこう書いてある。「強制がわたしに負わされている」(『希和対訳脚註つき新約聖書』より)このようにパウロにとって召命とは神からの強制である。背くことはできない。預言者エレミヤはどうだろうか。「次のような主のことばが私にあった。『わたしはあなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々の預言者と定めていた。』そこで、私は言った。『ああ、神、主よ。ご覧のとおり、わたしはまだ若くて、どう語っていいかわかりません。』すると、主は私に仰せられた。『まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。』」(エレミヤ1:5~7)預言者への召命は強制と命令である。エレミヤの若さと戸惑いは拒否する理由にならない。アモスはどうだろうか。「まことに、神である主は、はかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。獅子がほえる。だれが恐れないだろうか。神である主が語られる。だれが預言しないでいられよう。」(アモス3:7、8)獅子の咆哮を聞くような戦慄すべき緊張が、神である主の語りかけにあり、預言しないではおられない衝動がアモスを突き動かす。預言をすることを拒否することは到底できない、ここにあるのは預言者職への強制である。召し出す者と召された者の関係は、命令と服従の関係であり、そこには自由がない。自由があるとすれば、神からの信託に応えるために、いっさいのものから独立している自由である。召された者は、召し出した神に生涯を献げる。このような召命観を私たち(牧師・伝道師・宣教師)は持っているだろうか。もし、この働きに対価を要求するなら、それは自由意志である。近年、教会を成長させたのは私であると主張し、高額の報酬を要求する者が出てきていると聞く。教会(員)は見分けて対処してほしい。
by maranatha | 2013-06-11 18:12 | パウロ
宗教問題