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村上 密 Blog

カテゴリ:親イスラエル( 3 )

どう判断するか

ユダヤ教の超正統派は、イスラエル国家の正当性を認めていない。彼らは、現在のイスラエル共和国は聖書に基づく国家ではなく、世俗国家とみている。ところが、キリスト教シオニズムの人々は、この世俗国家を「イスラエルを祝福するものは祝福される」と言って支持している。「イスラエル」を定義していないことに危うさを覚える。キリスト教シオニズムの人々は神殿再建を望んでいる。それは神殿での動物犠牲の再開につながる出来事であって、イエスの十字架で罪は贖われたと教えるキリスト教の立場を否定することを支持することになる。一つのことで支持するのではなく、支持できないことと関連していることには慎重さが必要である。
by maranatha | 2018-02-28 20:29 | 親イスラエル

キリスト教徒に割礼は必要か

ある牧師が説教で「男性は割礼を受けなければなりません。覚悟して下さい。」と語った。その牧師が割礼を受けたか、信徒が受けたかは知らない。しかし、割礼を勧める牧師が存在することは2000年代から始まったようである。ペンテコステ派やカリスマの牧師がこれを語りだした。キリスト教シオニズムに傾倒するあまり、キリスト教から律法主義に陥っている。
by maranatha | 2017-10-03 14:28 | 親イスラエル

親イスラエルの動き 

親イスラエルを支持しない
 私は、異端やカルト、カルト化教会の被害者の回復を支援している。必要と判断したときは、回復のために弁護士を紹介したり、カウンセラーを紹介したり、大学や警察と協力したり、参考図書を推薦したり、ブログを推薦したりもしている。人物や本を全て正しいとして紹介しているわけではないので、誤解しないでほしい。たとえば、最近何件か同じような質問があったので、ここで書いておきたい。それは『牧師の書斎』の中のミドゥバール・ミニストリーにイスラエルの回復についてである。そこには、キリストの再臨に備えるための学びとして、スティーブン・栄子の「オメガ・バイブルスタディー」が紹介されてある。私はこのイスラエル寄りを支持しない。また、日本中に広がりつつある親イスラエルのキリスト教系の運動を支持しない。

利用される宗教 
 国は外交政策として文化交流を用いる。国際交流を推進する宗教は、国の政策に基づく活動を担わされることがある。統一教会は、リトルエンジェルを通して活動した。KCIAに利用されていたことは良く知られている。北朝鮮と最福寺の関係はどうだろうか。最福寺には金日成の像が建っている。立正佼成会は、日本の新宗教であるが、庭野日教会長(当時)は第2バチカン公会議に出席した。その後、世界宗教者平和会議で立正佼成会と協力関係を継続した。イスラエルは幕屋や聖イエスと親しい関係を続けている。日ユ同祖論や親イスラエルの諸団体の諸集会はイスラエルへの共鳴者作りに見える。

権力と結びつく宗教の危険性 
 国や政治家が宗教を利用することがある。政治家が宗教団体の大会の演壇であいさつを述べる。選挙の時、宗教の施設内に特定の政治家のポスターが掲示される。このようなことが常態化している場合は利用し利用される関係が続いていることを表している。GHQの宗教政策によって、新興宗教が台頭してきた。その大半は選挙で自民党を支持してきた。創価学会が自民党支持に取り込まれた経緯はここでは省く。キリスト教が国教となった国では、キリスト教は国に利用されてきた。神道は、明治から第2次世界大戦の敗戦まで、国に利用されてきた。どの国の政治家でも、影響力のある宗教団体や伸張著しい宗教に目をつける。選挙時にまとまった票を得ることができるからだ。もちろん政治献金も含まれる。アーストラリアのジョン・ハワード首相とヒルズ・チャーチは利用し利用される関係だ。権力と親密な関係を持ち始めると、宗教は腐敗をはじめる。

惑わされるな
 親イスラエルの運動に共鳴している宗教団体の大会に、イスラエルの政府高官や政治家、学者が参加するような光景を見たら、参加者は注意するように。宗教より国の色合いが強くなっているからだ。牧師や学者だからと言って安心してはいけない。なぜなら、リック・ウォーレンは、CFR(外交問題評議会)のメンバーで、アメリカの宗教政策を担っている思われるからだ。親イスラエルの宗教政策の窓口的役割を担っている人物が日本にいないとは限らない。クリスチャンは、牧師が聖書に基づく信仰と生活を勧めているのか、キリスト教的イデオロギーに基づく教えと生活を勧めているを見分けなければならない。親イスラエルの活動は、私にはイスラエルへの共鳴者作りに見える。と言うのは、イスラエルとパレスチナの紛争では、必ずイスラエル寄りの発言をするからだ。宗教だけではなく、政治的視点が一方的になっている結果が、この運動の実である。

私の立場
 私は、イスラエルを敵視しているわけではない。イスラエルを特別視することに反対しているだけである。特に偏った選民扱いは受け入れがたい。パウロの書簡からは特定な国家や民族を選民とする思想は出てこない。どの国の国民でもパウロが言うところの真のイスラエルに加わることはできる。しかし、それは国としてではない。イエスをキリスト信じた個人としてである。「イスラエルを祝福する者は祝福される。」旧約聖書から切り取った聖句を直接に現代に適用する方法が正しいかどうか考えてほしい。このイスラエルの定義はいったい何なのかである。私はすべての国に福音が伝えられて、どの国民でもイエスをキリストと信じる人が起こされることを願っている。そこにユダヤ人とアラブ人の区別はない。

by maranatha | 2014-07-10 15:10 | 親イスラエル
宗教問題