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村上 密 Blog

カテゴリ:自死( 4 )

生きていてほしい

自死を禁じる刑法はない。刑法199条の殺人罪には自己を死に至らしめる行為は含められていない。他人の自死に関与することは自殺幇助罪(刑法202条)で違法である。聖書の中の律法には、殺人に対する刑はあるが、自死に関する刑は書かれていない。キリスト教会では、自死を罪と思っている人が多い。それはキリスト教の文化であって、聖書の教えではない。自死を罪として裁く人は、自死した人の遺族を犯罪者の家族とは言わないが、そのように思わせるところがある。それが遺族に後ろめたさを与える。直接的には自死者をそして遺族を裁く根拠がないのに、文化で裁いている。法で裁けないものを文化で裁く、このことが遺族のこころの安らぎを奪うことになっている。私は自死を勧めているのではない。むしろ、生きていてほしい。追い詰められた結果の自死であれば、死に至らしめた他者がいて、その人こそ裁かれるべきだと言いたい。因果関係が明らかになればその人は裁かれる可能性がある。たとえば、いじめは犯罪である。いじめの被害者が精神的に追い詰められて自死を選ぶ。そのような自死をだれが裁けるだろうか。自死に至らしめた人こそ裁かれるべきである。心臓病でなくなる。鬱ならば脳の病気である。ベッドの上でなくなるのか、ベッドではないところでなくなるのかの違いである。心臓病も制限されている食事を過剰摂取すれば穏やかな自死と変わりはない。不摂生もまた穏やかな自死である。自分を愛するとは身体的には健康に努めることである。


by maranatha | 2019-11-04 15:02 | 自死

自死遺族支援研修会に出席

昨日、松江で行われた「自死遺族支援研修会」(主催 島根県立心と体の相談センター)に出席した。体験談発表をされる方の支援者として出席させていただいた。県や市の職員の方々が140名ほど出席され、熱心に講演に耳を傾けておられた。発表者のひとりは、教会の牧師のパワハラで夫を自死に追い込まれた女性である。講演者は弁護士で、内容は大変参考になった。法的な側面からのアドバイスもあった。自死遺族支援弁護団があることを知った。全国自死遺族法律相談ホットラインは050-3786-1980、全国の弁護士が直接対応している。
by maranatha | 2018-12-01 11:44 | 自死

自死についての対話

スイトピーさんが、「自死について」の私とのやり取りを、ブログに掲載した。たくさんの方方と電話やメールのやり取りをしてきたが、「自死について」の対話が文字になることはなかった。どんな対話をしているのか関心のある方は、下記を閲覧していただきたい。

クリスチャンスイトピーの日記
http://sweetpea6022.ti-da.net/

by maranatha | 2017-05-06 19:44 | 自死

自死について


2017年5月27日、カイロスの会でセミナーの講師を務めることになった。テーマは「自死について」である。以前、「自殺は罪ですか」と題して、ブログに記事を掲載した。これは、自死を罪とみなす今までの見解を覆す内容で、大きな反響があった。
カルト化教会の問題を扱うようになって、自死をよく聞くようになった。大きなストレスや深い罪悪感を植え付けられていることが背景にある。
今回のセミナーでは、カルト化教会における自死の原因と予防について詳しく語る予定である。
参考までに、「自殺は罪ですか」のブログの記事を掲載した。


自殺は罪ですか


 自殺は罪であるという教えに多くの人が苦しんでいる。本当に罪だろうか。罪だと言う根拠にモーセの十戒が引用されるが、これは自殺を罪とする根拠にはならない。これは「殺してはならない。」(出エジプト20:13)であって、自殺してはならないではない。殺してはならないと命じる神が、イスラエルの民を滅ぼそうとする民を滅ぼせと命じられることもある。
こういうわけで、何が何でも殺してはならないわけではない。これはイスラエル共同体の中で、殺しがあってはならないとの戒めで、これを破る人は死罪になる。死刑を実行する人は罪に定められない。自殺が罪と明確に書いてある箇所は聖書の中にない。
これはキリスト教の歴史の中で罪とされてきたもので、これは改めなければならないものである。
自殺してはならないを、キリスト教の教えとして広く伝えることになったのは、三浦綾子さんの『細川ガラシャ夫人』である。ガラシャ夫人は自殺は罪なので、家臣に自分を殺させている。これを美談にしている。死を選択しなければならない状況で、自殺できないので他人に自分を殺させる。もし自殺が罪なら、殺させることも罪である。
何事も置かれた状況によるのであって、一律に自殺を罪とする考え方は誤っている。
法律は自殺を罪としていない。聖書の中でも自殺を罪としていない。自殺を罪とするのは、習慣的な考え方である。この習慣が自殺した人の遺族を苦しめる原因になっている。作られた罪意識が、人を苦しめるなら、私たちはそれを変えていかなければならない。鬱の回復期の自殺を罪と見做すのは酷である。自死を選択するはどに追い詰められた状況、原因にも目を向けるべきだ。よって、私は自殺を罪とするキリスト教的な教えを聖書の教えと違うものと見做している。


●講師 村上 密 牧師

●日時 2017年5月27日(土) 13:30~16:00

●場所 沖縄船員会館 第二会議室(那覇市前島3-25-50 TEL 098-868-2775)

 ※お車でお越しの方は、とまりんの駐車場をご利用ください。

●参加料 1000円

●お問合せ newlife0102@hotmail.com 090-9782-5892(新垣)
by maranatha | 2017-01-12 17:41 | 自死
宗教問題