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村上 密 Blog

カテゴリ:牧師( 10 )

施設訪問

東京のある施設に入所しておられる高齢者を訪ねた。彼女は89歳である。久しぶりに会う彼女は元気そのものである。足腰も話もしかりしておられた。いくつか要望してこられたので、関係者と話し合って、また11月に来ますと言って別れた。私は東京ブランチでは月1回の説教と聖餐式の奉仕を担当している。それは日曜日であるために、その前後に1時間か30分ほどの面談やカウンセリングを入れてきた。誰かを訪ねる時間がなかった。今回はそれを解消するために、高裁の前に時間を作って訪問した。この日は朝6時に起きて、東京へ。午前中に施設訪問、午後は東京高裁、夕方は弁護士事務所、その後は弁護士事務所を一緒に訪ねた方々と今後の打ち合わせをした。家に帰り着いた時は23時を過ぎていた。
by maranatha | 2019-10-17 17:02 | 牧師

海外旅行

牧師になったとき、海外旅行のために教会を留守にしないように決めた。海外に行くのは仕事だけ、と決めた。3年後に、結婚するとき、一緒に海外旅行はできないので了解してほしい、と妻に言った。海外に一緒に出掛けたのは何回かで仕事ついでだった。妻がひとりであるいは子供たちと海外に出かけることをとめはしない。これは私の決めたことである。いつか自己決断で定年(私が属する教団には定年がない)するとき、この決め事は無効となる。私は、牧師を群れを持つ教師、と定義している。羊の群れを野原において海外旅行する羊飼いはいないだろう。ただし、旅行の時に、代わりに羊の世話をしてくれる人がいれば、その限りではない。複数牧会をしている教会は、牧師が教会を留守にすることは柔軟にできる。複数牧会をしてきたので、仕事で教会を留守にすることは多かった。しかし、海外旅行はしない。先月、仕事で海外に出かけた。行って、用事を済ませて、帰ってきた。見たのは、生き返りの景色である。
by maranatha | 2019-08-09 13:49 | 牧師

牧師の優先事項

いつ召されるか分からない方の件で待機をしていたが、どうやら持ち直された。ただ、猛暑が続いていることと、高齢であることを考慮して、待機を維持している。8月後半から出張が続いているが、出張先での礼拝の奉仕の他は、キャンセルして葬儀の司式をするために駆けつける予定である。牧師になるとき、両親に言ったことがある。もし、父や母の葬儀が日曜になる場合、私は礼拝を休んで参加することはできない。しかし、礼拝の後、その他の日であるならば、どんなに遠くにいても駆けつける、と伝えている。今回のケースも、日曜日は告別式の司式はできないと伝えて、了解を取っている。なぜ、そんなに礼拝にこだわるのか。それは、礼拝が両親の葬儀よりも私の優先事項だからである。両親も、そのことを理解してくれていた。父が召された時、父は日曜日を外してくれた。兄が父の危篤を電話で知らせてくれた時、私は妻に式文、式服、喪服一式を持って後から来てくれと告げ、すぐに家を出て、ジェット機で父のもとに急いだ。私が病院に到着したときは、父は蘇生した後だった。やがて、また心臓が停止した。その後、妻と子供たちが病院に到着した。私はもう父の命が持たないだろうと思い、おとうさん、僕の神様はお父さんの神様だよね。おとうさんは、僕がどのようにして歩んできたかよく知っているよね。僕の神様を信じてほしい、と信仰の決断をせまった。父はもう声を出せない状態だったので、目に涙を浮かばせ、うなづいてくれた。僕は牧師だ。葬儀に司式は僕に任せてくれるかい、と申し出だ。父がうなづいて同意した。家族親戚が同席していたので、キリスト教式の葬儀委に反対する人はいなかった。私の里で初めてのキリスト教式に葬儀が行われた。葬儀の後、叔父が私の葬儀の時もキリスト教式でしてほしいと頼んできた。後に、叔父はすい臓がんで召された。召される前、電話で密・・。密・・・。密・・俺はな・・・すい臓がんなんだ。おまえ、できるだけ早く俺のところに来てくれないか。お前に頼みたいことがある。私は、わかった。そして、日にちを告げて電話を切った。私は叔父のところに出掛けて、叔父と叔父の家族と昔のことなどを話し、笑い、泣き、時間を過ごした。叔父は、葬儀を以前言っていたようにキリスト教式で頼む。そして、家族の力になってくれ。私は、わかった。後のことは心配せんでもいい。しっかり治療に専念してほしいと言った。葬儀の後、叔父の日記が出てきた。駆けつけてきた日の前後では見違えるような内容だった。日々を感謝し、平穏な入院生活を過ごして、そして召された。余談だが、前夜式、告別式の時、私を見た人は、ギョッとし、あるいは飛び上がり、あるいは身を引き、驚いた。私が叔父によく似ていたので、なぜ、亡くなった人は目の前にいるのだと思ったのである。父や叔父は生前、義父が長年毎月送っている福音文書をよく読んでいた。父や叔父が信仰を持つ準備はすでになされていたのである。
by maranatha | 2019-08-09 13:14 | 牧師

待機

5日から4日間の夏季休暇で帰省する予定だったが、いつ召されるかわからない方の身内から連絡があり、帰省を取りやめた。いつ葬儀に出かけてもよいように式服に風を通し、式文、衣服を整えた。もしものことがあったらお願いします、と以前から依頼されていた。今日か今日かと待機していたが、昨晩少し持ち直したと連絡があった。それでも、かなり高齢の方のことなので、この夏はどこからでも駆けつけられるようにしていなければならない。遠隔地なので、駆けつけるにしても5時間はかかる。
by maranatha | 2019-08-07 22:03 | 牧師

仕事と幸福

人の一生は、年とともに仕事が増え、責任が増していく。仕事を絞らなければ、単なる多忙で日を過ごすことになる。人はできる仕事としなければならない仕事を区別しなければならない。人はできると続けてしまう。できることは思い切ってほかのできる人に譲ればいい。しかし、しなければならない仕事は、自分自身との契約のようなもので果たさなければならない。それが神からの使命であれば、なおさら果たさなければならない。私は幸いなことに牧師になったとき、しなければならないことが与えられた。できるだけ手を広げないできたつもりだがそれでも仕事は増えていった。絞りながら絞りながら本来しなければならない仕事を続けてきた。絞ることができたのはしなければならないことが明確だったからである。過ぎた日を思い返すと、私が絞ったのではなく、絞るように神が導いてくださったと思う。だから失ったと思えることでも残念な思いはない。それはうまく表現できないが幸福である。
by maranatha | 2019-04-22 16:25 | 牧師

牧会はしない

牧会はしないと豪語する牧師がいた。
病床の人を訪ねて祈らず、
悩める人の声に耳を傾けて慰めもしなかった。
ところが、ある金持ちの教会員が入院した。
牧師は病床の人を訪問した。
教会員は牧会とは思わず、集金と思った。
特別に祈ってあげるから、
特別献金をしなさいと聞いた。

こんなおかしな話に近い出来事をよく耳にするようになった。


by maranatha | 2018-12-27 20:54 | 牧師

削除に応じる

11月27日、松江福音教会で、松本光弘牧師、福代浩美伝道師、Sさん、村上密、4人で話し合いの時を持った。Sさんのご主人は松江福音教会の信徒で牧師に対して抗議の自死をされた。今まで、松本牧師とSさんとの間で話し合いの時はなかった。今回の話し合いは平行線が続いたが、松本牧師が私に何かありますかと質問された。私は、故人のお墓に行って神の前に謝罪すべきことがあれば謝罪してくださいと要望した。松本牧師は全面的に非があると言われれば受け入れがたいが、牧会上足りないこと、対応のまずさもあったことは確かで、お墓に行って神の前に謝罪すべきは謝罪しますと返答があった。その場で、私の2016年の松江福音教会と松本光弘牧師に関するブログの記事を削除していただきたいと要望があったので削除に応じることにした。自死された遺族の気持ちを十分に納得させる話し合いではなかったが、話し合いの最後に、Sさんがご主人の遺影を持ってきておられたので、松本牧師、次に福代伝道師に渡して謝ってくださいと要望された。お二人とも遺影を手に取り、神の前に謝罪の祈りをされた。裁判では得られない対応をお二人がしてくださったことにより、一つの区切りを迎えることができた。削除する記事は、2016年、5月20日、6月15日、6月28日、12月19日、12月30日である。
by maranatha | 2017-12-01 20:55 | 牧師

牧師が割礼

宗教トラブル相談センターにはいろいろな相談が飛び込んでくる。牧師が、ユダヤの祭りをするようになった。割礼を受けた。聖餐式は種なしパンにこだわり、自分で焼くようになった。葡萄酒はイスラエル産を取り入れている。イスラエルに毎年旅行している。自由参加が強制になれば問題化する。いろいろと程度の問題であるが、牧師が割礼を受けたとなるとそれは問題である。なぜなら、受ける必要がないののを受けているからである。それだけではなく、それを人に語っているわけである。聞いた人の中には、自分も受けなければならないのかと思う人がでてくるかもしれない。イスラエルに傾倒すれば、世俗国家である、現イスラエル共和国のシンパサイザーになるだけである。イスラエル共和国は、「イスラエルを祝福するものは祝福される」のスローガンにつかわれるイスラエルと同じではない。このスローガンで寄付集めがされていることに私は賛成できない。イスラエル共和国はユダヤ教による信仰共同体ではない。ユダヤ教はいまだ神が遣わしたイエスをキリストとして受け入れてはいない。親イスラエルの人々の中に、日ユ同祖論を強調し、ナショナリズムに傾斜している牧師がいるのは滑稽である。どこに人々を導こうとしているのか。イデオロギーに導いては行動に走るだけである。傍証を真実と思い込むとそこには落とし穴が待っている。

P.513 (詳訳聖書新約)
この人たち[ユダヤ化を図る教師たち]は、<あなたがたのきげんをとり、持ち上げて>けんめいになってあなたがたを幻惑させようとしています。しかしその意図はりっぱな<価値のある<何かの益となる>ものではありません。彼らの欲するところは、[彼らに反対している私たちから]あなたがたを引き離して、あなたがたを自分たちの側に引き入れる<あなたがたを彼らの愛顧を求める者とする>ことなのです。

by maranatha | 2017-07-05 22:27 | 牧師

ある対話

Aさん 教会の牧師はどこの神学校出身か言わない。
Bさん 私のところはあまり知られていない。
Cさん 私のところは教会の中にある塾みたいなところ。
Dさん いつから、こんなになったんだろう。
Eさん 教会成長を強調し始めてからだよ。
Fさん 弟子訓練が始まってからとも聞くね。
Gさん そういえば、2つとも関係しているね。
Fさん 教会成長するためには弟子訓練と言われるね。
Eさん そのために牧師が教会の中に塾を作ったんだ。
Cさん 私もそんなことを聞いた。
Bさん 神学校が知られていないのはなぜ?
Eさん 1980年代からいろいろ出来たって聞くよ。
Fさん 戦後に次ぐ第2次ブームとも言われているよ。
Dさん へ~、知らなかった。
Eさん 教育は少ない教師で取り組むには無理がある。
Fさん 組織神学、実践神学、聖書神学、歴史神学。
Eさん 解釈学、牧会学、聖書地理。
Gさん まだあるかな。
Aさん よく、カウンセリングて言葉を聞くけど。
Eさん 牧会学の中に含まれるみたいだよ。
Fさん 牧会カウンセリングだね。
Eさん 1980年代に心理学が盛んになったんだよ。
Fさん インナーヒーリングには気をつけなきゃね。
Eさん プライバシーが守られていないって聞くよ。
Fさん 取り入れた牧師に問題が出てきたからね。
Eさん 社会心理学の発達で心理操作が広まったね。
Dさん 牧師は学ぶ分野が多いんだね。
Bさん 教師が少ない神学校はカバーしきれないな。
Cさん 教会の塾形式ではもっとだね
Aさん 所属教会の牧師は自覚しているかな。
Fさん 牧師のプロフィールは公開してほしいな。
Eさん そうだね。
Cさん 牧師のレベルアップのために研修が必要だね。
Bさん 変なもの学んでほしくない。
Aさん 何が良いか、何が悪いか、わかるのかな。
Eさん 良いものと、良いと思うものは違うからね。
Bさん 飛びつく傾向の牧師には気をつけないとね。
Cさん 吟味が大切だね。
Eさん 信徒がしっかり見識を持つべきだね。
Fさん 特別視するのは良くないね。
Bさん 牧師は神の代理人って聞いたことあるな。
Eさん 特別扱いするような表現だね。
Fさん 権威主義的な傾向が、牧師の暴走を招くんだよ。
Aさん 虐待って言葉よく聞くね。
Fさん 身体的な虐待だけでなく、精神的虐待もあるよ。
Eさん 性的虐待もあるね。
Aさん マインドコントロールて聞くけど。
Fさん 支配する道具だね。気をつけないとね。
Bさん いろいろ話しを聞いて良かった。
Eさん また、こんな機会を持とう。

by maranatha | 2017-02-28 10:37 | 牧師

牧師の問題を扱う

牧師の問題を信徒が扱う場合、明確な証拠と証人がいなければ、責任は問えない。それは、刑事訴訟であろうと民事訴訟であろうと同じである。信徒が、証拠も証人もなく、牧師の問題を扱うと、名誉棄損で訴えられることもある。信徒が牧師の問題を、役員会に出した場合、牧師は利害関係人である。牧師は自分の問題に関する議事の時には、役員会から退席しなければならない。しかし、そのことをわきまえている牧師は少ない。牧師は、役員会で自分の弁護をしきりにする。そして、訴えた人が不利になる。それで、信徒が、役員会に訴える場合は、牧師は利害関係人なので、役員会ではこの件では退席するように進言しなければならない。役員会は、訴えが真実かどうかを、訴えた人、証人、証拠を吟味する。また、役員会は、牧師に質問し、それが真実かどうかを吟味しなければならない。権威主義の教会では、役員会が牧師の問題を扱えないことが多い。牧師を「神の代理人」と思わされているからである。役員会は代表役員の牧師と信徒の責任役員は平等である。決まったことにはどちらも従わなければならない。牧師の多くの問題を扱ってきたが、牧師の問題は、教会規則に基づいて、役員会で扱った方が良い。規則に基づかない教会運営をしていれば、監督責任が問えるからである。ただし、規則に倫理規定がない場合、牧師の問題を扱うのは極めて難しい。悪い牧師は居座り続け、訴えた信徒を精神的に虐待するからである。牧師の問題は、まずは役員会に文書で知らせる。正しく扱わなかったら、刑事事件なら刑事訴訟、民事事件なら民事訴訟で裁判に訴える。時効があるので、、時効を検索して調べておくのが良い。時効が来ていても、教会では道義的責任を訴えることができる。
by maranatha | 2017-01-16 21:43 | 牧師
宗教問題