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村上 密 Blog

カテゴリ:裁判( 43 )

裁判の悪用と活用

宗教問題を扱っていると、宗教団体の中だけでは解決できない相談が舞い込んでくる。何を信じてもそれは自由であるが、何をしてもよいわけではない。特に人権侵害はしてはならない。身体的な暴力より破壊力があり、長きにわたって被害者の心を蝕む。長年私は宗教問題に取り組み、カウンセリングで回復に取り組んできた。また、被害者に弁護士を紹介して法的な取り組みも勧めてきた。
最近新聞で報道された自己啓発団体の最初の相談は6年前だった。この間、娘が父親から性的虐待を受けたとして裁判を起こした。裁判は一審、二審とも父親の勝訴で終わったが、父親の精神的苦痛がどれほどひどかったことか。まさに死線をさまよい、何とか周囲の支えで乗り越えてきた。この団体はよく裁判を利用して、家族に圧力をかけて来る。この団体を何とか裁判にできないかと関係者が集まっては相談してきた。最近、弁護団の結成のめどが立ってきた。

by maranatha | 2020-01-18 22:38 | 裁判

判決の内容

これは「平成30年(ワ)第1955号 インターネットを介した嫌がらせに対する損害賠償請求事件」に対する「平成31年3月27日判決言渡」の一部である。

【(2)被告村上のブログの内容について
 被告村上のブログの内容は、「ヴィオロン」が「カルト監視機構」設立への動きに対する問題意識を示したことについて、そもそも被告村上が「カルト監視機構」の設立に向けて行動を開始したとする事実自体を否定し、同事実を前提とした「ヴィオロン」の論評の撤回を求めるものといえる。
 本件記録によっても、被告村上が、インターネット上のウェブページの記事で報じられたような「カルト監視機構」の設立に関与したことはうかがわれないから、被告村上が、同記事に基づく「ヴィオロン」の論評を「誤報」であるとしてその撤回を求めることは違法とはいえない。また、被告村上のブログの中には、「ヴィオロン」について、交流の少ない所で生活をしている、情報はインターネットが頼りのようである、その論評は「甘っちょろい空想」である、「藪の中から石を投げて顔を出さない無責任な生き方」をしているなどと述べる部分があるが、その論旨は、「ヴィオロン」の論評が慎重な事実調査に基づくものではなく、なおかつ匿名でされていることを批判する点にあり、意見ないし論評の域を逸脱するものではなく、上記のとおり、被告村上が「カルト監視機構」の設立に関与したことがうかがわれないことを考慮すると、被告村上が上記批判に及ぶことは相当の理由があるといえる。
 そうすると、被告村上のブログが原告に関する事実を適示するものといえるかどうかの判断を措くとしても、被告村上のブログの内容が名誉毀損や侮辱に当たるということはできない。また、被告村上が「ヴィオロン」を交流の少ないところで生活しているなどと評する部分は、「ヴィオロン」の私生活上の行状を事実として述べているものではなく、事実調査の不十分さや匿名での論評を批判するものにすぎないと解するのが相当であり、プライバシーを公表するものとは認められない。
 以上により、被告村上のブログの内容は、プライバシー侵害、名誉毀損及び侮辱のいずれにも当たらない。】

以上のように、原告横田真紀の主張は全く通らなかった。「ヴィオロン」は「カルト監視機構」を設立したと思い込み、それを前提に、その後もブログ上で批判を続けてきた。それに対して、私は今年の3月まで彼女のブログに対する反論をしないままにしてきた。しかし、横浜地裁の判決を受けて、4月に9年間ぶりに判決と反論をブログに書くことにした。それは際限のない私への空想じみた批判に対して、事実に基づかないものであることを指摘するためである。彼女は「カルト監視機構」を「サイバーカルト監視機構」に、現在は「宗教トラブル相談センター」に置き換えて批判している。賢明な読者はこの発想に驚かれることだろう。裁判の収穫は、彼女の私への批判の大前提となった「カルト監視機構」の設立の事実がなかったと判断されたことである。大前提が崩れたのである。その上に作られた創作活動は、砂の上に築かれた家である。

by maranatha | 2019-12-13 20:58 | 裁判

裁判

昨年から今年にかけて、訴訟の対応に多くの時間を費やした。一審では原告が毎回大変な分量の準備書面を提出してきたが、私は毎回数枚の準備書面で、弁護士なしで済ませた。一審は私の勝訴となった。これを不服として原告は控訴したが、それを取り下げてきた。以下に事件番号と関連する事件番号を書いておくことにする。内容を知りたい方は裁判所で閲覧できる。裁判で被告、債務者、被控訴人として扱われるのは不本意ではあるが、一応の決着を見た。

平成30年9月11日、横田真紀は、横浜地方裁判所に「平成30年(ヨ)第223号事件」の訴えの取り下げ書を提出した。債権者は横田真紀、債務者はA杉本徳久、Bは村上密、Cは唐沢治である。

平成31年3月27日、横浜地方裁判所は、「平成30年(ワ)第1955号 インターネットを介した嫌がらせに対する損害賠償等請求事件」の判決を言い渡した。原告は横田真紀、被告は杉本徳久、村上密である。判決は村上に限れば「被告村上による人格権侵害が認められない」として、原告横田真紀は敗訴した。

令和元年12月3日、東京高等裁判所は、「令和元年(ラ)第1161号 間接強制申立却下決定に対する執行抗告事件(原審・横浜地方裁判所平成31年(ヲ)第2102号)」の本抗告を棄却した。抗告人(原審債権者)は横田真紀、相手方は(原審債務者)杉本徳久である。


令和元年12月10日、控訴人横田真紀は「令和1年(ネ)第2167号損害賠償等請求事件」を控訴取り下げ書を東京高等裁判所第11民事部に提出した。控訴人は横田真紀、被控訴人はA杉本徳久、B村上密である。

by maranatha | 2019-12-13 18:38 | 裁判

控訴取り下げ

「平成30年(ワ)第1955号 インターネットを介した嫌がらせに対する損害賠償等請求事件」の判決が平成31年3月27日に言渡された。原告横田真紀は被告Bである私に対して敗訴し、これを不服として東京高等裁判所に控訴した。これを「令和1年(ネ)第2167号 損害賠償等請求事件」と言う。彼女は12月10付けで控訴取り下げ書を提出した。
by maranatha | 2019-12-12 19:33 | 裁判

横田真紀 敗訴?

平成30年(ワ)第1955号 インターネットを介した嫌がらせに対する損害賠償等請求事件に対して、平成31年3月27日に判決言渡があった。原告は横田真紀、被告は杉本徳久と村上密である。原告横田真紀は一審で被告村上密に対しては敗訴した。一審を不服として彼女は東京高等裁判所に控訴したが、10月16日に開かれた東京高裁裁判所の法廷では彼女の提出した分厚い準備書面は却下(*)され、15分程度で結審となった。原告は11月16日のブログ上で「村上には勝訴を確定として贈っておき」と書いているが、正式な東京高等裁判所からの判決文はそろそろ届くはずである。

一方、平成30年(ワ)第1955号インターネットの介した嫌がらせに対する損害賠償等請求事件の横浜地方裁判所の仮執行宣言付き判決に対して、横田真紀はこれを不服として東京高等裁判所に執行抗告した。これを令和元年(ラ)第1161号間接強制申立却下決定に対する執行抗告事件と言う。抗告人は横田真紀、相手方は杉本徳久である。12月3日の東京高裁裁判所の決定で「主文 1 本件抗告を棄却(**)する。2 抗告費用は抗告人の負担とする。」となった。

注:上記の件は裁判で明らかなことであり、原告横田真紀、抗告人横田真紀の実名を伏せる必要がないと判断した。彼女の自身がブログで以下(***)のように書いている。敬称は略して、判決の概要を伝えることにした。


*却下とは、民事訴訟で訴訟要件が満たされない訴えであるために実質的な審理を行わないで出される判決のことである。高裁での控訴審において、控訴した本人である横田は法廷に出てこないまま不出頭だた。そのために、当事者が簾出頭のまま有効に進められる訴訟手続きが続行され、横田が控訴審から莫大な量の資料を追加して「訴えの追加的変更」を図ろうとしした主張は、民事訴訟法上の追加的変更としてひとつ残らず全て認められずに却下された。

**棄却とは、民事で訴訟では、訴え自体は適法だが、訴えなどの申立手の内容は実質的に審理して、理由なしいとして排斥することである。

***「」は「平成30年(ワ)第1955号 乙A6号証
http://godslove.kamakurablog.com
2018年5月1日 ひとことコラム

「裁判になれば、当然、申立の内容、氏名を含め、公開しますよ。こうしたやむを得ない事情があれば、格好の理由づけになりますから
ね。向こうは、筆者が名前を暴露されると大変に困ると思っているのかも知れないですが、事実は逆なのです。もともと無名氏で通して
来たのは、牧師のように有名になって人前に栄光を受けないため。あとは誰かが、人間40になるまでは青二才だから自分の名なんか使
ってものを書くな!と言ったため。なるほどと思いそうして来ただけ。多分、当方が名乗って活動を始めれば、その勢いは誰にも止めら
ないでしょう。裁判日記も注目を集めると思います。向こうさんのネガキャンさえ、炎上商法みたいな恰好になって、こちらに有利に
働くでしょう。当然ながら、無名でなくなれば、業績が生まれます。即座に、向こうはなりすましで、こちらが本物だと分かる。彼らの
計算は当てが外れるでしょう。クレジットがつけば記事の転載もものすごくやりにくくなりますよ。一冊でもダミーでもいいから有料の
本を出して、リンクを貼っておけば、りっぱな営業妨害が成立しますしねえ。匿名氏時代もあともう少しと思われるため、首をなが~~
くして待っていて下さいな。「どうせこんなに有名になるなら、無名氏のままでそっとしておけば良かったなどと悔しく思っても後の祭
りですよ。」




by maranatha | 2019-12-07 14:52 | 裁判

訴訟前 一審 二審 1

「私ではなくキリスト」というブログがある。私を批判するために作られたブログである。2009年から長きにわたって批判を繰り返してきた。その中に「筆者は、10年以上前から、村上密の真の願いは、カルト化を防止するという名目で、自前の異端審問所を開設し、そこで無実の一般クリスチャンを魔女狩り・見世物裁判に引きずり出して辱めることにあると指摘して来た。」(11.16の記事より)とある。彼女はこのようなフィルターを通して私の行動と発言をことごとく批判してきた。さらに「筆者は2009年に、村上密がかつて提唱していた『カルト監視機構』の構想に、真っ向から異議を唱え、このような機構が設立されれば、キリスト教会には『カルト化を防止する』という口実で、密告が溢れ、やがて魔女狩り裁判が横行し、無実のキリスト教徒が異端者の濡れ衣を着せられて迫害されることになるだけで、カルト監視機構は、まるで秘密警察のように、何の権限も与えられていないのに各教会を調査するなどして、教会に対して君臨するようになるだろうと予告した。」(11.16)どこに、魔女狩り裁判が行われ、異端の濡れ衣を着せられ、迫害され、村上が君臨しているのだろうか。彼女の見る世界には魔女狩り裁判と異端の濡れ衣を着せられた人が溢れかえっているようだ。彼女は初めはブログで村上が「カルト監視機構」を作ったと言っていた。やがて「サイバーカルト監視機構」という名称で想像たくましく執拗に書き立てた。一審ではサイバーカルト監視機構」など取り上げもされずに敗訴した。結果に満足できないので控訴したが。その控訴審では一審での「サイバーカルト監視機構」の主張を取り下げ、「宗教トラブル相談センター」が実質「カルト監視機構」と主張してきた。9年間架空の「サイバーカルト監視機構」に費やした批判の記事は一体何だったのか。何の反省もなく、今度は「村上はカルト監視機構を設立しなかったが、その代わりとなる組織として、宗教トラブル相談センターを設置していた。そして、筆者がカルト監視機構に抱いた危惧は、ことごとく宗教トラブル相談センターの中で実現することとなったのである。」 (11.16)と架空の「サイバーカルト監視機構」を実際にある「宗教トラブル相談センター」置き換えている。

by maranatha | 2019-11-20 23:30 | 裁判

訴訟前 一審 二審 2

控訴審が10月16日に開かれ、15分程で結審となった。「 二審では、村上自身に裁きが下されることになる。」(5.17)と書いていたが、 思うように控訴審が運ばなかったっために「後、筆者の気が変わらないとの保証はないが、唐沢も村上の被害者であることを考慮し、唐沢への訴訟は見合わせることとし、村上には勝訴を確定判決として贈っておき、杉本には個人情報を書かないという約束を抜きに、筆者を提訴・告訴する可能性をあえて残したまま、示談するという選択肢も悪くない。」(11.16) と書いている。「村上には勝訴を確定判決として贈っておき」とまだ判決が出ていないのに、敗北宣言をしている。「村上には二審で不利な証拠が積み上がっている。一審の時と同じようにはならない。」(5.20)と言っておきながら、敗訴すると思うと、「勝訴確定を贈っておき」と主張を変えている。一体、彼女の訴訟は何だったのか。村上に勝訴をくれるために始めたのか。彼女が証拠と言って提出した資料と大変な量の準備書面は一審、二審で私に勝訴をくれるために書き上げたものだったのか。そんなことのために訴訟を起こしたわけではないはずである。おそらく、今後もブログを書き続け、訴訟を起こすだろう。なぜなら、それを神からの使命と思い込んでいるからである。
by maranatha | 2019-11-20 23:29 | 裁判

訴訟前 一審 二審 3

唐沢氏と私と関係があるとしきりに書き立てた時期がある。「悔い改めを拒否し、教会を分裂に導き、教会を冒涜して、滅びに向かう唐沢治と村上密と杉本徳久」(5.15)「この度、村上密が唐沢治を擁護するために、唐沢の陳述書をブログで公開したのであり、この二人が提携したのは、まさに必然の結果だったと言える。」(5.15)京都教会は重大な危機を迎えている。長澤牧師もいなくなり、次には必ず、村上密も失うことになる。この教会は、やがて壊滅的な打撃を受ける。唐沢になど関わっていれば、存続さえできなくなるだろう。悪いことは言わない、今のうちに筆者の忠告を聞き入れなさい。」(5.15)関係がないにもかかわらず、彼女の世界では唐沢氏と私はつながっており、「忠告を聞き入れないさい」と命令調で警告している。「唐沢などは、自分たちに共謀関係などあるはずがないと、筆者の論を嘲笑っていたが、今、村上が唐沢治の陳述書を公開している有様を見ても、その当時はなかったネットワークが、今、出来上がっている様子が分かるのである。」(5.16)唐沢氏がこのような発言をしていることを、私はこのブログで知った。それでも彼女はそれを無視して、唐沢氏と村上はつながっていると思っていたわけである。「村上も、唐沢も、自分のしたことの報いを受けるだろうと筆者は予測している。」(5.19)と言っていながら今度は「唐沢も村上の被害者であることを考慮し、唐沢への訴訟は見合わせる」(11.15) と書いている。「こうした霊的法則性が存在すればこそ、すでに杉本には敗訴と共に破滅が降りかかり、さらに、村上も二審で不利な立場に立たされることになり、唐沢にも同じ追及の手が及ぼうとしているのである。」(5.20)どんな霊的法則性だろうか。もともとなかったものをあると思い込ん追及すると勇んでいたに過ぎない。
by maranatha | 2019-11-20 23:27 | 裁判

訴訟前 一審 二審 4

「二審で不利な立場に立たされることになり、唐沢にも同じ追及の手が及ぼうとしている。」(5.20)唐沢氏が村上の被害者であるなら、どうして唐沢にも同じ追及の手が及ぶのか。裁判にするものがないだけである。「京都教会の信者は、長澤牧師を失った痛手に加え、村上が唐沢と手を結んだことが分かれば、この教会から大慌てで逃げ出すに違いない。」(5.16)5月16日以降、大慌てで逃げ出した人などいない。教会と私の分断を煽り立てているわけである。「一つ前の記事で、筆者は最後の機会として、村上密に向かって唐沢治と手を切り、悔い改めるよう呼びかけた。」 (5.15)関係がないのに関係があると思い込んでいる。「村上は、聖書66巻が神の霊感を受けて書かれた書物であることを否定した杉本徳久と同様に、偽牧師であり、偽教師であり、偽クリスチャンであり、要するに、反キリストの精神に導かれる人間だということが分かるのである。」(5・15)裁判で取り上げられないために、このようなののしりをブログで書く記事を誰がまともに受け止めるだろうか。
by maranatha | 2019-11-20 23:26 | 裁判

弁護士事務所を訪ねる

昨日、二人の方と一緒に東京の弁護士事務所を訪ねた。牧師の犯罪の事実を警察に伝えているが、弁護士を通して刑事告訴するためである。90分ほど弁護士と話し合った。証拠は十分にある。証人もいる。
by maranatha | 2019-10-17 16:43 | 裁判
宗教問題