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村上 密 Blog

カテゴリ:苦難( 8 )

聖イエス会の教会であったこと 5

今でも聖イエス会の牧師にされていた時の思考が離れず、その後の縁談が駄目になり、そんなところを通らされ、深い回復不可能と思う苦しい思いが、今も続き苦しんでいます。これが、私は自分が離婚した者としてクリスチャンとして生きていかねばならなくなったと、教会も行けない、行っても離婚者と扱われる、信仰者として結婚は出来ない、として、20代に普通の精神状態で生きていた自分がだんだん、だんだん潰れていったのが事実です。だから牧師は人の人生を狂わしたのです。これは事実です。私も母親も当時(祖母も生きていましたが、私達は教会が恐ろしくどうしたらよいかわからない状況に追い詰められていました、祖母の日記にも記してあります。)

「慰謝料を請求されても知りませんからね!」とも牧師は私たち親子に言ってきました。慰謝料って、離婚していると勝手に作り上げているのは牧師だのに、なんで慰謝料なの?慰謝料はこっちが請求したいくらいなのに!と思い、なんてことを言う牧師だと思っていました。何を言っても私が、悪くされるのだと恐怖しかありませんでした。「結婚はしなかったから、何もないとしたいと思っても、そうはいかないですよ!離婚ですから、向こうから慰謝料とか請求されることにもなりますからね!」と牧師が発言したとは信じられないと思います。しかし、事実です。




by maranatha | 2018-10-10 15:58 | 苦難

聖イエス会の教会であったこと 4

聖イエス会で生きるには言うことを聞け、との牧師からの圧力と、長期間に渡って、私が従うまで社会生活は禁じられるという、考えられないやり方で私を結婚させる方法は、除名と、もう一つ、この離婚のレッテルをつけるということでした。そして、言うこと聞くまで自由にさせてもらえない時間を、長い時間費やさされ、実際、世間にも誤解も起こりました。そして、教会からの、こんなやり方のせいで、長年、自分でも自分がわからなっていました。私は結婚した?離婚した?そんなことを考えてしまうようになっていました。また、皆は私を離婚したと思っている、という思考が取れず悩まされる毎日になりました。それは村上牧師に相談する前まで続いていました。思考を操作されていたのでしょうか。自分は離婚をしたクリスチャンだ、と頭の中の思考が取れなくなったのです。今でも、人前にでたりクリスチャンにあったりすると、「思われている」と思ってしまう思考が起こります。これだけ長い時間、後遺症になってしまうほど悪質なやり方を牧師にされました。

人にも、なんかおかしいな?と映ったと思います。そういうことも言われたことがあります。人前で堂々と言えなくなってしまった為に、振る舞いに自由さが無くなり、結婚していないのに、人からそれは本当なの?と反対に印象付けてしまうような。ここまで思考を操作?パワハラによる影響が残り続けて苦しむ人生になっているのです。除名から20数年、「お前は離婚をしたクリスチャンだ」とする状態を変えられなかったのは牧師の強制的は発言の所為です。

当時も、私が人前に出て、「私は結婚していないと言いたいが、言ってはいけない。」言っても、教会や教会員が離婚したと言い続けている限り、私の言うことは世間ではもう信じてもらえない、私が言っても裏で教団や教会が結婚した人だと証言したら、私は嘘つきにされる、段々、自分は結婚していないのに、結婚していないと口から出てこなくなり、言いたくても口に出すことが出来なくなりました。自分は結婚していないのに、人はもう私のそのような挙動不審の私の言い方に、結婚したことを隠していると思っているのではないか?と人間不信にまでされました。変に結婚の話をしなくなり、本当の事を伝えることさえ出来ない精神状態にまで追いやられました。そして、自分で自分をどうしようもなくなった状態が続き、自分はこうなってしまった、もう幸せにはなれない、結婚しようとしたら教会に潰される、という思考が植え付けられてしまったのです。(実際に縁談が駄目になりました。「離婚なさった人と聞いたから」と言われていたと、聞かされた時に、本当に立ち直れませんでした。)


by maranatha | 2018-10-10 15:48 | 苦難

聖イエス会の教会であったこと 3

私は結婚した、とか、そして離婚だとか、そんなことを、してもいない結婚だのに、こんな強制的な決めつける牧師はどうしてこんな事が言えるのだろうかと思いましたが、牧師の前では、そんな常識も通用しません。このやり方で、結婚しないことを諦めさせて結婚させる、こんなやり方を、聖なる牧師職の人間がしたのです。ひどいことをしていると思います。キリスト教の牧師から、クリスチャンとして、(当時は聖イエス会の信者として生きていく上で)もう幸せな将来は無いと指導されたら、どんな状態になるでしょうか想像できます。私はこの結婚するしかないか、と追い詰められたのです。祈り続けました。本当に祈りました。しかし、神様は結婚する苦しみを進むようにはされませんでした。しかし、祈りながら、私は、もう諦めて結婚するしかないのか、でもそれは無理、私が結婚しないほうを選択すると決めたら、もうクリスチャンとしての結婚は望めなくなる、これからどんなクリスチャン生活を送らなければならなくなるのだろう、と一人悩み続けました。どこからも助け舟がなく、孤立させられた状態で信者にも相談できず、まして相談にのってもらえるはずの牧師夫妻からこれを突きつけられている状態でした。一人で祈るしかありませんでした。聖イエス会という大きな集団が自分を追い詰め、私はこの教団、牧師、教会から、この先何をされるのだろうという恐怖の中でいたその日々を覚えています。

そんな中で、結婚しないとの意志を示した時に、牧師に言いました。私は教会で離婚した、と言われたら、世間でもそう思われてしまう、そんなこと言わないで欲しいと牧師に言いました。そうしたら、牧師は、「じゃあ、ここから出て生活するしかないですね、どこか遠くの知らない人のところでもう一度生活を立て直すしかないですね、」と言ったのです。自分は育った故郷にもおれない、そこまで私はなってしまうのだ、と本当に悲しみでした。そもそも、自分達教会が原因全てを作っておきながら、自分で尻拭いしろ、故郷を出ろと言うのです。

私はそんなことを言われる人間なのかと絶望しました。私はただ静にクリスチャンとして信仰生活をし、信仰のもとに音楽、仕事、そしていずれ将来は結婚して、ただ信仰と共に神様を信じて生きようと、ただ、存在していただけです。しかし、突然、私に白羽の矢が立てられ、こんな人生を強いられました。静かに信仰生活を送りたかっただけです。しかし、教会へ行くことも禁じられ、結婚の希望も奪われ、クリスチャンとして離婚者とレッテルをはられ、そんな重荷を若いクリスチャンとして教会を信じ切っていた女性に、到底背負えるものではありませんでした。それをやる教団牧師の行動に、誰もが頭を混乱させられ、曲げない態度に精神がやられてしまうのは当然の行為です。酷い人間達だと思いましたが、今回の態度からみても、やっぱり今も同じ性質が変わっていないと改めてわかりますが、牧師のあの時のやり方は今も頭から消えません。それで、私は故郷でも自由に外出して仕事して社会の中に入って生活することが出来ない精神状態にされたのです。全て傷者のレッテルを作っていったのが教会で、それまで通りの自分の生活が出来なくなった原因です。今でも故郷では、当時の音楽活動していた世界にはてられていません。突然私は消えたままです。人間のすることではない、酷いです。これが私にやった牧師のやり方でした。除名も酷いですが、クリスチャンとして生きていたまだ若い私は、自分のプライベート、将来、結婚という大事なことを、聖イエス会の牧師を通して離婚と定めることにより、絶望に変えられてしまい、牧師の酷い行為に精神に大きなダメージを受けた一番深い原因です。




by maranatha | 2018-10-10 15:47 | 苦難

聖イエス会の教会であったこと 2

私が、式後、直ぐに全てを白紙にしたのは、将来のためにも離婚になりたくない、との気持ちがあったからです。そんな私の思いも、あの人達によって握り潰されました。そうはさせるか、との心理が明らかでした。他人によって、しかもその他人は救いを伝える牧師です。その人が、信者の私が、自分の人生を守ろうとしたことを、その決意を握り潰され、自由意志を許さないどころか、牧師は強制的な威圧で、私の人生を自分で守ることも許さなかったのです。命令とも言える口調で、「全てを白紙にするというなんて、もう無理だ、あなたがどう言おうと結婚しないなら離婚からは逃れられません。」私は、何もかもが進む前に止め、白紙にしないといけないと思い、自分を守りました。しかし、牧師は、「あなたは結婚をしなかったとしたいだろうが、そんなことは許されるわけないです!あなたは離婚するのですか!」でした。

そんな偏った教団の身勝手な決めつけが、公にまで広がっても牧師は無関心、無責任でした。私はその後この牧師によって作られてしまった事実でないレッテルに悩まされていきます。牧師は信者に事実を説明せず、つい最近まで離婚の罪として除名にされた、と思っていた信者がいたり、母が当時少しか関われた信者に、事実は違う、結婚していないし離婚ではない、と伝えられるだけ伝えなければな、なくなったり、しかし一部の信者の口から、意図的に世間に離婚したと広められてしまったり、対処しなかった牧師の故意とも言える対応で、そういった原因を全て作り出したのが牧師達です。こんなことをされたから、結婚しなかったのに長年一人、病んで自由意志がわからなくなり、苦しむ生活にされてしまったのです。

若かった私は、当然、皆が抱くように、自分で決めた結婚をして、幸せになりたい思いでした。そのような将来を希望していました。皆そうだと思います。

しかし、この結婚は自由もない権力の結婚、私は納得もなく、ただの政略結婚みたいで、男性側中心で女性側の権利も主張も蔑ろにされている、こんな結婚したら大変だ、幸せではない、だから結婚はしないと思い、この結婚はしなかったのです。しかし、その決断も他人の力、牧師によって握り潰されました。

牧師の「どうあっても成立している、だから離婚になる、もう逃れられない。」と言い張る言葉と頑なな態度が、この期間の記憶が今でも精神状態を不安定にさせ、記憶が蘇り、「逃れられないぞ!」という恐怖をキリスト教から受けたショック、牧師から来る非現実的な脅迫で自分一人追いやられた悲しみや孤独と恐怖の記憶が蘇ります。20数年苦しめられているこれこそが、私が牧師夫妻を許せない原因です。

聖イエス会で生きていく私は、一生離婚者になります、そしてそれは様々な障害になり、もう結婚は出来ない、という意味で言われたのです。牧師は「離婚なら、もうこの先の結婚は難しいですね、するならどこか外でやってください。キリスト教以外でやるなら勝手ですからね!」と言いました。(聖イエス会に提出した、除名後直ぐに牧師に当てて書いた手書きの手紙にも書いてあります) 信じていたキリスト教の牧師が、この言葉を投げ捨てるように、言い放ったあの時の悲しみは未だに心の深いところで拭い去れないものとなって残っています。


by maranatha | 2018-10-10 15:40 | 苦難

聖イエス会の教会であったこと 1

これはある女性が聖イエス会で起きたことを書いたものである。深刻は心の深手を負って、まだ回復しておられない。今後、自分と同じようなことが起きないためにと記事を書かれた。


先に「村上密ブログ」に書きましたように、聖イエス会では結婚が成立している、として入籍をせまったのですが、牧師から、結婚しないなら、と言われ続けたことがあります。「結婚しなかったではすみませんよ!これは離婚になりますからね!」と決めつけられ、追い詰められて精神的に深いダメージを受けました。これを言われ続けている間に、どこにも助けを求められない、聖イエス会の牧師や相手の一族の目があるから自由にはなれない、と不安と恐怖に陥りました。これがその後の私の人生を狂わすことになりました。

式後、「神の前では結婚は成立している、あなたがどう言おうとあれば結婚です!逃れられませんよ」とすぐに牧師から言われはじめ、この脅迫があってから、私も母も、逃げられない組織の怖さを嫌というほど味わったのです。結婚なんて本人のすることであり、他人から介入され続けた上に、それでも私は勇気をもってこの流れに逆らったのに、さらに次の手段(離婚)を出してきたのです、それは式をしたということを材料にして、結婚から逃れられないように色んな理由を作り出したのです。そんな規定が聖イエス会に当時あったか疑問です。離婚しても、婚約破棄しても除名なっていない人もいました。牧師を通して脅迫まがいの指導が、その後に私が病んだ理由です。今も消えずに言われ続けた時の恐怖心と嫌な気分が出てきて突然しんどくなります。突然の教会の牧師の豹変ぶりと、信じられない思考に、聞かされている私は怖い思いと、精神的に不安定にさせられていったわけです。

聖イエス会の牧師は、入籍にこぎつける為の、「結婚しないだけで終わらないぞ、もう結婚は成立したのだから、それを破棄するのは結婚をしないのではなく、どうあっても離婚になるんだ、あなたは離婚者となるんです』と語りかけてきました。私は、牧師夫妻に「そんな、何故ですか?」と頭が混乱して、他人に勝手にそんな間違ったレッテルを貼ろうとする牧師達に、そんなレッテルを貼り、将来を奪うなんて何故?という思いに悩みましたが、牧師は一切聞く耳持たないという態度で、教会、牧師には口出しできないからな、との圧力と態度の一点張りでした。「離婚です、離婚の罪は大きいですよ!」とも、これから起こってくるだろうことを予感させる言い方で、本当に私は精神的に不安でおかしくなりました。


by maranatha | 2018-10-10 15:38 | 苦難

結婚を強制された

ある女性が聖イエス会で結婚を強制された。しかし、結婚式で誓約を拒否し、入籍もしなかった。しかし、聖イエス会からは神の前に二人で進み出たのだから誓約したとみなされ、籍を入れなくても結婚したものとみなされた。強制婚が成立しないように神の前の誓約がある。誓約しなかったのに誓約したとみなされ、その後に悲劇が起きた。彼女は聖イエス会の牧師が事実婚に持って行こうとすることに対して、拒否し続けたために、教会から除名された。下記は彼女が式後のことを私に知らせてくれた文である。

式の後、全てが破棄になっていることを一年近く言わせてもらえないという、自由を許されない状態に始まり、牧師は、仕事もするな、信者とも関わるな、社会と関わるな、と言いはじめ、結婚していない事実を伝えることを止められ続け、それまで作り上げた一切の人間関係から切り離す状態を強いられ、仕事もさせてもらえない状態が長い期間続き、結婚しているように見せ続ける架空の状態を故意に強いたこと、一方私には、結婚をしないことは許さないとの教団のパワハラにより、一年近く世間とかかわらせてもらえずに、家族はこの状態を指示する教会、牧師に恐怖を覚えるようになり、自分の精神の意思も強さも段々と失わされ、結果、仕事も失い、人間関係も失い、全て自分の積み上げたものを失う結果になった、それらのあまりにも牧師の非道な行為がトラウマとなり、それまでの自由な考え方が出来なくなってしまうまでになった。男性の住まいに行けとの指示に従うよう言われたり、従わなかったらどうなるかわかりませんと教会の指導とは思えない指示をしたこと、最終的に、私の意思は変わらないとわかると、「あなたには結婚するか、除名をとるかこの2つしかありません」と言い、「どうあっても、神の前では一生あなたは結婚したことになっているから、男性がいつ結婚するかわからないが、それまでに自由に結婚することはできませんからね。」と牧師から言われた。だんだんと頭が操作されたのか、牧師の強制に神経が疲弊していった為か、自分はもう自由にはなれないのだという恐怖におののく日々がはじまった。その時教団と牧師から受け続けた信じがたい強制力とパワハラによる、精神的ダメージが、その後の音楽家人生を、大きく狂わせる結果となってしまった。

by maranatha | 2018-10-03 22:37 | 苦難

挫折の中に宝がある

新聞で県立高校の合格発表が報じられた。すでに、国公立大学の合格発表は済んでいる。この時期は自分が希望した高校・大学に不合格したことを思い出す。母が不合格を慰めてくれた。その時の言葉をよく思い出す。あんたは頭は良いが、テスト運が悪い。おかげでセルフイメージを低くしないで済んだ。後に自分に言い聞かせた。試験の失敗は人生の失敗ではない。そこに至るまでには時間がかかった。私は読書に取り組んだ。どう生きるかを知るために。やがて、信仰の道に進んだ。もし、合格していたら、自分を掘り下げてみるようなことはない人生を過ごしたかもしれない。内省の期間が長かったが、伝道師・牧師になってから積極的に問題に取り組む性格が形成された。受験の失敗、読書、内省がなければ今の自分はない。そういう意味では、挫折は私を強くする結果になった。挫折の中に宝があった。合格の人はおごることなく、不合格の人は卑下することなく、結果を受け入れ、これからの人生をしっかり歩いてほしい。
by maranatha | 2018-03-14 22:34 | 苦難

レオン・ボナ作「ヨブ」

長年、私は19世紀のレオン・ボナ作の「ヨブ」の絵を書斎に飾っている。善人の苦難をテーマにした絵画である。この絵は、私にとってかわいそうな絵ではない。見上げるのは神のみ、ヨブを愛される神を思い浮かべる絵である。私は随分とこの絵に慰められてきた。レオンは、時代を超え、絵を通して私に語りかける。「あなたを取り巻く環境で、あなたは誰を見上げ、だれに望みを置くか。」
by maranatha | 2017-07-05 15:00 | 苦難
宗教問題