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村上 密 Blog

カテゴリ:信仰( 3 )

ある信仰者

6月14日、77歳の女性の告別式を執り行った。脳梗塞で倒れ、瀕死の状態から回復し、13年間施設で過ごされた。2回目の脳梗塞で話す力を奪われた。訪問を繰り返す度に賛美をすると反応があった。私は彼女の信仰から慰めと励ましを受けた。彼女は礼拝に遅れないようにいつも早く教会に着き、信仰の模範を示してくれた。彼女は会堂の前列から2番目の通路側にいつも座った。そこは礼拝に参加する者にとってベストポジションである。気を散らすことなく、説教を聞くことに集中できる。説教が終わると、今日は良くわかったわ。わかり易かったわ。難しかったわ。眠ってしもうて済みません。素直なコメントが説教を語るものを励ました。べストポジションに座るその人のその日の有りようが人々に影響を与える。私はわかり易く、飽きない説教を心がけるように努めた。もし、私の説教が良いとの評価を受けるとすれば、この方の存在は大きい。もし、悪いとすれば、それは私の責任である。人はそれぞれ神から役割を与えられている。私は語る奉仕、彼女は聞いて励まし慰める奉仕をしてくれた。信仰の模範を示してくれたが、彼女の後を受け継いでいる人はいない。そう思うと、彼女は社会的になにか活躍したわけではないが、信仰が養われる場で、神に励まされながら栄光を現した。私はこのブログで彼女の生涯を伝えることによって、彼女の信仰生活から学び取る人が起こされることを願う。
by maranatha | 2018-06-15 22:43 | 信仰

救うのは神

私は真理を求めていたが、統一教会員から誘われて、三月ほど、統一教会に通った。その後、私が誘った友人が、ここは教会ではないみたいと言ったので、君が言う教会はどんな教会だと聞いた。すると、友人が友人からもらった手紙に、もし教会へ行くなら島崎のカトリック教会か熊本聖書教会へと紹介があった。さっそく、カトリック教会に足を運んだ。門が閉まっていた。熊本聖書教会へ足を運んだ。集会案内が門前にあったので、日曜日に足を運ぶことにした。牧師は準備していた礼拝説教を取りやめて、統一教会の間違いを織り込んだ説教をした。私は会堂の後ろの席に友人と座っていたが、牧師は説教を終えて私のところに来て、「君は随分と本を読んでいるようだが、聖書を読んで見たまえ」と語りかけてきた。説教は覚えていないが、いつまでもその言葉が心に残り、聖書を以前にも増して読むようになった。そんなある日、私はイエス・キリストの声を聞いて回心した。私は教会を紹介した人の名前を覚えていない。全く面識はない。しかし、私が教会の門をたたいたのは、友人のここは教会ではないみたい、そしてその友人の友人が教会を紹介した手紙の一文がきっかけである。伝道は大げさなものではない。日常の生活の中での何気ない言葉を、神が用いて人を救われる。神は私を用いて多く人を異端からカルトから救われた。誰がこのようなことを予想できただろうか。神のみがなせるわざである。
by maranatha | 2017-09-04 23:09 | 信仰

癒し

21歳の時、私は椎間板ヘルニアと坐骨神経痛を患っていた。歩くこともままならず、走ることはかわず、毎日毎日痛みの連続であった。背中を前後に曲げることすら、激痛でできなかった。医師が手術をしても治るかどうかは半々であると言った。私は手術を選ばなかった。選んだのは祈りであった。憐れみ深い全能の神に祈ることにした。毎日毎日祈り続けた。ある日、祈っているとき、私は癒された。全く癒された。歩き、走り、ブリッジをして癒しを確認した。私は生きて働く神に深く感謝した。このことが、その後の私の信仰生活を助けることになった。

痛みが続くと心が折れそうになる。希望が心の中に湧いてこない。将来の幸福を描くことができない。そんな中で支えになったのは、異端(統一教会)の中から神は私を救ってくださった。その神が、この病を癒してくださる力を持っておられると言い聞かせ続けたことであった。私は藁にすがっているのではない。生ける神にすがっているのだという私なりの信仰であった。神は本当に憐れみ深い神である。

私は医療を否定しない。23歳で発症した花粉症は今も続いている。このことで随分病院にはお世話になった。しかし、椎間板ヘルニアと坐骨神経痛は治るか治らないか半々と言われたので、医師の手に身をゆだねるのではなく、憐み深い神の手に身をゆだねたのである。

by maranatha | 2017-07-23 22:36 | 信仰
宗教問題