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村上 密 Blog

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謝罪と償い

 2005年4月6日、金保の逮捕で聖神中央教会事件は世の多くの人々の知るところとなった。私の名前は、「被害者の会」代表村上密で知られるようになった。私はもともと、異端やカルトから被害者を救出し、カウンセリングをすることを専門としている。まさか「教会」を扱うようになろうとは思いもよらないことであった。ただし、この教会は「カルト化した教会」でベレアという異端の教えも導入されていた。私は被害者と大勢の脱会者のカウンセリングを手掛けつつ、新聞社と行政の協力を取り付けた。少しづつ回復しはじめた被害者に、警察に被害届けを出すように勧めた。女性弁護士も決めた。刑事、民事両方の訴訟の支援にも取り組んだ。

 連日の事件報道によって、他のカルト化した教会からの被害者の相談が飛び込むようになった。私は異端やカルトを扱う方法をカルト化した教会に対しても適応するようにした。宗教界には司法とは違う独自の解決方法というものがある。それは、しばしば被害者に都合の悪い結果となる。組織防衛というものが働くからである。「謝っているのだから、赦してあげなさい」といわれ、損害を償うということが行われないことがある。なかなか赦すことができないでいると、指導者から被害者がしかられるということもある。これでは被害者が救われない。宗教界の中で犯罪が起きているのであれば、司法の場で取り組むことの方が、被害者の損害の回復は早い。それに、カウンセリングを平行し心の回復に取り組む、これが今の私の立場である。

 私たちの教会は「宗教トラブル相談センター」を教会総会で決議し、設置した。効果はすぐに現れた。被害相談や、問題解決のための依頼が以前よりも増加した。キリスト教界には「牧会不介入」という不文律の紳士協定がある。教会が相互の自主的運営を重んじて、他の教会の牧会に口を入れないというものである。しかし、「カルト化した教会」の中で行われているのは犯罪である。そこでは、暴力、経済的詐欺、人格破壊が起きており、キリスト者として見過ごすことはできない。私は長く社会問題に取り組んできた経験から、裁判に訴えるという方法が被害者の救済と犯罪の抑止効果になると判断し、被害者の裁判を支援している。
by maranatha | 2007-10-26 20:28 | 償い

三つの裁判に共通するもの

 沖縄での裁判の一つが勝訴で終わったことは、先のブログで紹介した。残る二つについていささか書き留めておきたい。

 一つはOR教会の主任牧師G師である。被害者は教会を相手に裁判を起こしたのではない。教会は宗教法人でもなく、人格なき社団でもない。規約さえない。当然G師を相手の裁判である。しかし、G師はいまだに法廷に出てこない。被害者がG師を裁判という手段に訴える前に、地域の牧師会の指導者たちは裁判に反対した。宣教活動の障害になる。そして裁判という手段が聖書的でないという聖書解釈上の理由である。ところが、G師こそが裁判を視野に入れながら、被害者より以前にK弁護士に相談していた。私はK弁護士と面接し、OR教会の問題点を伝えた。そして、確認するように申し上げた。K弁護士は迅速且つ誠実に行動を起こされ、G師に問題点を問い正された。G師はすみやかにK弁護士との関係を解消し、M弁護士を相談相手とした。私はM弁護士の前に、G師から仲介を依頼され双方の和解のために話し合った。しかし、一方的に和解を拒否してきたので、被害者は裁判を起こしたのである。この辺の経緯は正確にG師から地域牧師会には伝えられていない。G師はM弁護士を平成18年(7)第666号損害賠償請求事件の弁護人とした。何という象徴的な番号であることか。G師は裁判の途中で原告を裁判に訴えるという行動に出た。しかし、裁判長は同一の事件として扱うという判断を下した。

 OR教会は500名の信徒を有する沖縄で有数の教会である。しかし、くどいようだが、未だに宗教法人を取得せず、収支報告もない。役員会も教会総会も開かれない。秘密主義で牧師の独裁色の強い教会である。しばしば著名な牧師たちが講師として招かれるので、教会員は自分たちの教会がおかしいと気づいてはいない。しかし、裁判が経過していくなかで、長年教会員だった人々が離脱したことを聞いている。年間1億円の収入を超える教会が宗教法人を取らず、収支報告もしないで教会運営をする状態を、地域の牧師会が長年問題にもせず、仲良く交流してきたということに私は驚く。だれかきっちりと忠告した牧師はいないのだろうか。もし、忠告した牧師がいて、それを聞かずにG師が会計を非常に不透明なまま教会運営をしてきたのであれば、問題はG師である。なぜ、牧師会の指導者たちは被害者の声に耳を傾けないのか。なぜ、G師の言い分のみ聞き、彼を擁護してきたのか。単なるフェローシップである牧師会が突っ込んだ調査や懲罰を加えることなどできるわけがない。フェローシップを続けることの方が、被害者の声より大事なのである。やがて、裁判の結果は、G師を擁護した地域の牧師会と指導者にも大きな影響を及ぼすに違いない。裁判は原告に有利に展開している。いまからでも遅くはない。開かれた法廷で傍聴し、沖縄で起こった事実に耳を傾けるべきである。

 もう一つ裁判に訴えられている牧師がいる。M教会のN牧師である。私は仲介のため何度かM教会を訪ねた。教会堂は大変美しいが起こった出来事は醜く、悲惨である。N牧師が認めたのは、M教会の別の牧師の絶対あってはならない場所で、絶対あってはならない事が起こった事実である。このことのためにN牧師は彼なりの謝罪をしている。しかし、ご自分の非を認めるようなことはなかった。やむなく、被害者は裁判に訴えることにした。言っておくが、このN教会はカルト化した教会の見本のような教会である。けれども、残念なことに多くの被害者がいるのに、訴えることのできる人は少ない。時効になったものもある。私は被害の実態を調査したが甚大である。

 M教会は分裂する前は信徒数600名であった。B教会は最盛期400名であった。OR教会は現在500名程である。いずれも沖縄で有数の教会である。この三つの教会に共通するのは単立教会であること。独裁的であること。収支報告がないか、ないに等しいこと。「霊の戦い」が教会に導入されていること。善悪闘争の心理状態であること。外部の著名な講師たちがイメージキャラクターとして利用されていること。

 権威主義の教会やカルト化した教会を内部から改革したいと考える人は心に大きな傷を負う。うらぎり者、サタンが入ったと言われ、不信仰、不従順と悪態をつかれ、精神が参ってしまう。内部で何人力を合わせても、改革は困難である。被害が明白で、証拠があれば弁護士と協力するのが最善である。ただ弁護士も宗教問題に詳しい人は少ない。幸い私は有能な弁護士を知っているので紹介できるし、私自身も被害救済のためにボランティアでお手伝いできる。被害者の力は弱いが、証言は力がある。
by maranatha | 2007-10-04 06:37 | 沖縄リバイバル教会
宗教問題