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村上 密 Blog

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神に献げなさい

 間違った教会運営の実態を知って、だれの虜にもならないようにして下さい。「神に献げなさい。多く献げた人は多く祝福されます」と言いながら収支報告をしない教会は最低です。宗教法人を取っていないから収支報告をしなくてもよいという牧師は最低です。なぜ、収支報告が必要か。それは献げられた献金で神が買物をしたり、土地を購入したりしないからです。献金は福音宣教と教会運営のために使用されています。神は一円もいただいておられません。なぜなら、支出の欄に神にいくらという記載はないからです。

 ある教会で年間1億円近い献金が献げられていましたが、だれもそんなに献げられているとは思いませんでした。牧師が「お金がない。お金がない。」と言うので、信徒はかわいそうに思い、個人的に何人ものひとが牧師に捧げていました。それでも、だれも気づきません。ある時、私が彼らの献金の平均値×信徒数×12ヶ月を書いたら、皆驚いていました。「お金はどこへ行ったの」。教会にお金はありません。経費の他はそのまま牧師に流れていたのです。残念ながらお金を取り戻すことはできません。国外に逃亡しました。そして時効です。

 うそのような本当の話を聞いて、自分の教会は大丈夫だろうかと計算を始める人はよいのですが、中には収支報告もないのに自分の教会に限って大丈夫と信じている人ばかりの教会はもうあぶない状態です。ブレーキのない車を想像してください。スピードが上がれば危険が増します。献金額が上がっているのに、収支報告しない教会は20tトラックが暴走しているようなものです。

 あなたの教会は毎月収支報告がありますか。毎月報告するように進言して、非難されたら、あなたにふさわしい教会ではないと思って早く出ましょう。毎月正しく収支報告できない教会がどうして神から委ねられた福音を正しく管理できるでしょう。目に見える物さえ正しく管理できないのに、どうして霊的な重要な福音を管理できるでしょう。収支報告なんて小さい事だと反論されたら、小さな事も管理できないんですねと反論しましょう。小さな事に忠実でない牧師が、どうして大きな事を神から任せられるでしょうか。大言壮語(ビジョン)に踊らされてはいけません。神からの啓示と言って、実は自分の欲望に仕えているのです。金持ちが優遇されて、貧しい人が虐げられていたら、どこかの国家と同じで、キリストの教会ではありません。それは個人名が付く○○の会です。

 教会が健全であるかどうかは、人数が多くて献金が多いかではありません。正義と公正が行われているかです。熱心に奉仕をする人がいるかではなく、謙遜な人がいるかです。牧師が崇められるのではなく、キリストが崇められているかです。牧師に依存する人が多いかではなく、自律した信仰者が多いかです。牧師が権威を振り回さず、忍耐を持って牧会をしているかです。他にもたくさんチェックリストがありますが、自分で考えてチェックしてみてください。あなたが健康であなたの教会が健康であることを願います。
by maranatha | 2008-05-31 11:58

HCC裁判 原告の「実質勝訴」

 ハレルヤ・コミュ二ティー・チャーチ浜松教会代表役員榊山清志氏を相手取り、原告4名が訴えた損害賠償請求事件は、2008年5月19日の判決で原告らの請求が棄却された。しかし、榊山氏の暴力とセクハラは本人の否定にも関わらず、司法によって認定された。この事実は重要である。もしHCCが暴力・セクハラ牧師を今後も教会の代表役員として迎え続けるなら、教会は自浄力を持たないということになる。残念なのは時効期間の3年が経過していることである。もし時効が成立していなければ暴力とセクハラは認定されたのだから勝訴となったはずである。それが「実質勝訴」と書く理由である。時効が成立していなければ刑事事件としても成立したはずである。このような牧師がその職を続けることはできないはずだが、今後の教会の動向を注目したい。
by maranatha | 2008-05-20 07:23 | ハレルヤ・コミュニティー・センター

サタンよ出て行け Part2

 「サタンよ出て行け」だけで人間の異常行動が治るわけではない。人間の異状行動は、宗教モデル、生理モデル、社会モデル、心理モデルに分類され、治療が試みられてきた。

 宗教モデルは、人間の異常行動を悪魔の仕業とみなし、宗教家による悪魔祓いによって癒そうとする方法である。12世紀頃からヨーロッパに広がった魔女狩りは、精神病者を魔女とみなし多くの人々に対して悲惨な扱いを行った。

 生理モデルは、ヒポクラテス(B.C460-B.C377?)が人間の異常行動は脳の異常であるとし、安静と節制による自然療法をすすめた。19世紀半ば、ドイツで精神病や異常行動を身体因による病気とみなす医師が登場した。

 社会モデルは、18世紀にフランスで非人間的待遇を受けていた精神異常者に対して、人道的立場から彼らを収容施設から解放し、静養できる施設の建設が始まる。

 心理モデルは、人間の異常行動は心的機能不全とする心因論に精神分析学、心理学とが結びつき治療しようとする心理療法の立場である。

 なぜこのようなことを取り上げるかと言うと、カルト化した教会ではしばしば宗教モデルのみが取り組まれ、被害者へのダメージが深刻になっているからだ。人間の異常行動だけでなく、病気も不幸も全て悪魔のせいにして「サタンよ出て行け」を何日も何ヶ月も何年も繰り返している教会が存在する。この異常とも思える取り組みによって、正常な人々までもが異常心理状態に陥り、日常生活に異変が起きているのが現状だ。私は悪魔の存在を信じている。しかし、宗教モデルに固執しない。どのモデルも必要だと思う。

 以前遠方から悪霊を追い出していただきたいと依頼を受けたことがある。娘さんの異常行動は悪霊につかれていると思っておられた。状態は悪霊につかれているように見えるが何度かカウンセリングを通して、統合失調症ではないかと思い、精神科医の診断を勧めた。結果は統合失調症であった。私は勧められる薬を飲めば症状はおさまると伝えたところ、ほどなくみちがえるような回復をみせた。又、悪霊つきと言われて10年近く悪霊追い出しの対象となっている女性をカウンセリングしたことがある。統合失調症だとわかったので、「あなたに悪霊はついていない。精神科に行って診断してもらい、薬を飲みなさい。症状がよくなるから」と勧めた。彼女は来たときと出て行くときとでは顔が違って見えるほど笑顔で退出した。

 カルト化した教会では、日常が神と悪魔の戦いで、精神的緊張が強いられている。精神的な病を持っている人や情緒不安定な人は症状が悪化するだけだ。何度も「サタンよ出て行け」「悪霊よ出て行け」という対応だけを繰り返されたら、それはもう信仰による虐待だ。

 読者に勧めたい。「サタンよ出て行け」と度々牧師や信徒が何人もの人に命じて追い出しているようなら、その教会から出て行くほうがよい。サタンは一人であって偏在ではない。何人もの人に何人ものサタンがついているような神学をもっている教会はその対応において間違っている。又、「悪霊よ出て行け」と毎週礼拝や集会で悪霊追い出しをしている教会なら、注意が必要だ。ノンクリスチャンに対してするよりもクリスチャンに対して悪霊追い出しを日常的にするのはおかしい。パウロは「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることをしらないのか」(Ⅰコリント3:16)と言っているではないか、なのに悪霊追い出しばかりして、いつクリスチャンが悪霊の宮になったのか。あなたの教会は悪霊の住処ですかと言いたい。

 全ての不都合なことを宗教モデルで解決しようとする運動に私は荷担しない。私はペンテコステ派の牧師であるが見分けることを重視し、それにふさわしい対応を心掛けている。もし、ペンテコステ派の牧師がみんな悪魔祓いや悪霊祓いを日常的に実践していると思っていたら、それは偏見である。最後に私自身も悪霊を追い出したことがある。だから、悪霊追い出しを全面的に否定しているわけではない。悪魔祓いや悪霊追い出しによって何でも解決しようとする傾向に注意するためにこの記事を書いている。サタンは偏在ではない。しかし、悪霊は多数存在する。この件では又筆を取ろう。

注:4つのモデルは『講座 臨床心理学-1臨床心理学とは何か』(下山晴彦、丹野義彦 編:東京大学出版会)を参考にした。
by maranatha | 2008-05-15 08:56 | 霊の戦い

サタンよ出て行け

 過激な悪魔祓いをするカルト化した教会では、「サタンよ出て行け」と会堂のあちらこちらでサタンの追い出しをしている。又。同じようなことをしているカルト化教会がちらほらある。そして、世界のいたるところで同じようなことをしている教会がある。

 ちょっと考えて見よう。天使ガブリエルがマリアのところに受胎告知をしたとき、彼は世界のあちらこちらにいただろうか。天使ミカエルがペルシャの君と戦っているとき、彼は世界のあちらこちらにいただろうか。天使は偏在ではない。サタンも一人であって、たくさんいるわけではない。だから、彼はどこかにいるわけだが、どこにもいるわけではない。
 
「サタンよ出て行け」とだれかに対して、大声で、命令口調で追い出している人に言いたい。あなたの神学と行動は一致していない。もし、あなたがやっている行為が正しいなら、他で同じことをやっている全ての人はサタンがいないのに追い出していることになる。もし、他でだれか(単数)がサタン追い出しをしている人が正しいなら、あなたの行為は間違っている。あなたがだまされている確率の方が高い。騙されているあなたのところに、もはやサタンがいる必要はない。

 これは私の見解だが、このようなことを大げさにやっているところにサタンはいない。彼の出る幕はこんな簡単な誤りにも気づかないところにはない。私たちの知らないところにサタンはいるはずだ。至るところで「サタンよ出て行け」と追い出しをしていることをサタンは見て喜んでいるはずだ。一つ所にしかいないのに、世界中にいると思い込んでいる人々がたくさんいるからだ。

 なぜ、今日この記事を書くのかと言うと、先日このことをある人に話したら、「そうか」「そうなんだ」「サタンは偏在じゃないんだ」と手を打って合点していたからだ。私にとってはあたりまえのことが、気づいていない人にこの話が目覚めさせる効果があることをその人が気付かせてくれたからだ。
by maranatha | 2008-05-14 09:51 | 霊の戦い

騙されないために

「戦争プロパガンダの10の法則」(アンヌ・モレリ:草思社)を読みました。それは、ポンソンビーが論じている、戦争プロパガンダは、10項目に集約されるというものです。「霊の戦い」を強調している人々が陥っている思考を言い当てているようなので引用します。

1、われわれは戦争をしたくない
2、しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ
3、敵の指導者は悪魔のような人間だ
4、われわれは領土を覇権のためではなく偉大な使命のために戦う
5、われわれも誤って犠牲者を出すことがある だが敵はわざと残虐行為に及んでいる
6、敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
7、われわれの受けた被害は小さく敵に与えた被害は甚大
8、芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
9、われわれの大義は神聖なものである
10、この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である

以上の10項目の文をキリスト教的用語に変換していくつものカルト化した教会から私は攻撃を受けたことがあります。聖神中央教会はその一つです。特に用いられるのが項目の3です。「サタン」「悪魔」「破壊者」「キリスト教をつぶそうとしている」「単立教会をつぶしている」いろいろ表現していますが、目的は一つです。カルト化した教会の牧師のもとにいる信徒が「悪魔」に相談しないようにするためのイメージ戦略です。信用をなくさせる古典的な方法です。

 騙される人が悪いのではなく、騙す人が悪いのです。騙された人は今後騙されないようによくよく気をつけて生活しなければなりません。騙される人の思考形式は騙す人によって操作されやすいようになっていますから、カルト化したところからカルト化したところへ反省もなく移動することがよくあります。大切なことは、カルトに騙されないためにリハビリを受けることです。
by maranatha | 2008-05-12 05:11
宗教問題