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村上 密 Blog

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義捐金を集める者(トーラーの知恵より)

勝訴への苦言

「義捐金を集める者」(トーラーの知恵より)

多分、人には疑いやうわさを避けるために出来る手立てはそんなにないかもしれない。しかし、ユダヤ法規は、公の資金を扱う場合に従うべきルールをいくつか定めている。

 貧しい人への義捐金を集める場合には、少なくとも二人以上の人によって行わねばならない。次に、それが分配される場合には、その公明正大さを確かにするために、三人以上の委員会によって実施されなければならない。このミシュナーのルール(ペア8・7)は、タルムードやその他のユダヤ法規集の中でさらに内容が拡大されてゆく。タルムード(ハーバー・バトラ8b)では、義捐金の集金人は、集めている間、お互いに離れることは許されず、互いに看規の目を光らせていなければならないとする。

 さらに、その者たちが小銭から大きな金に、またその逆に両替えする場合、自分の金からでなく、他の人々と共にそれをなさねばならない。それは彼らは正当な両替えを行なっていないと言われぬ’ためである。また同様に、募金の余剰分を投資する場合、それも他の人々と共に投資せねばならない。個人的利益をまき上げていると、他人に思われるような方法であってはならない(ミシュネー・トーラー マタノット・イニヤニーム9・8~9参照)。

 これらの文献は、募金を集める者に対して、その過程で起こり得るいろいろな種類の落とし穴に気をつけるよう警告しつつ、同時に最も高い称賛をささげている。

 「イサクとマルタの子、ラビ・サミュエルは、ラブの名においてこう言う、『"多くの者を義に導く(原注・この言葉は施しをさせるとも読める)者は星のようになって永遠に至る"というダニエル書一二章三節の言葉にふさわしい者は誰であるか。それらは、義損金を集める者たちだ』」。

by maranatha | 2009-07-28 18:22

モーセへの中傷(『トーラーの知恵』より)

勝訴への苦言

「モーセヘの中傷」(トーラーの知恵より)

 あるミドラッシュによれば、モーセが会計報告を出すという考えを持つに至ったのは、単に後代のための予防策としてだけでなく、自分自身の経験の結果でもあったという。金の子牛の事件でモーセが民に失望した後に、こう記されている。「モーセが出て、幕屋に行く時には、民はみな立ち上がり、……おのおのその天幕の入口に立って彼を見送った』(出エ33・8)。なぜ人々は「モーセを・・・・・立って見送った」とあるのだろうか。ある伝承はこれを「人々は大きく目を開いてモーセを見送って、その背後で中傷した」と解した(ミドラッシュ・タンフーマ)。

 「彼らは何を言ったのか。モーセのうしろ姿を見つつ、人々は互いに言った、『なんという首だ。なんというももだ。彼はおれたちの食べる物を食べ、おれたちの飲む物を飲んでいるのに』。その仲間が言った、『ばか者! 幕屋を司どっている者、その数えきれない、量りきれない金や銀を扱っている者に、金持ちになる以外の何を期待しろというのか』。これをモーセが聞いたとき、モーセは『生命にかけて、この幕屋の仕事が終わり次第、使ったものの総計を出そう』と言った。そしてそれが終わるや、モーセは彼らに言った、『これが幕屋の総計である』と」。

 モーセは仕事の最中にある以上、これらの中傷に反撃するために仕事を中断することはしなかった。こういう中傷と戦う最良の方法は、仕事が終わり次第、記録を公表することであった。

by maranatha | 2009-07-28 18:18

神と人の前に(『トーラーの知恵』より)

勝訴への苦言

神と人の前に

 "われらの教師"モーセに学んだとして、後代のラビたちは公の資金を扱う法律(ハラハー)を驚くべき細心さをもって制定している。彼らが強調するのに、人々による評価は神の目に映る評価と同じくらい重要だという。モーセはこれに最初に気づいた者であって、幕屋の建設が終了したときに、自分自身に会計報告の責務を課しているのである。

 モーセは、ルベン、ガド、マナセの半部族などが約束の地に渡りたくないという彼らの申し出について協議する時にも、この同じ原理に立ち返っている。モーセは彼らに注意して、「あなた方は主の前にも、イスラエルの前にも、咎めがないよいうに」(民数32・22)と言っている。ここでは、主とイスラエルが対等になっている。

 また、ソロモン王も同じ忠告をして、「そうすれば、あなたは神と人との前に、恵みと誉れを得る」(箴言3・4)と言っている。

 この考えは、単によき忠告にとどまらず、後に法規にまで発展している。ミシュナーこんな一つの例がある。
「(エルサレムの神殿にいる)人々は、一年に三度、シェケルの室(一年ごとのシェケル税のからの収入がすべて納められている金庫)より金を取り出した。それは、過ぎ越しの祭りの半月前、七週の祭りの半月前、仮庵の祭りの半月前である。・・・・・シェケルの室より金を取り出しに行く者は、袖のある外套、または靴もサンダルも身につけなかった。・・・・それは、もしその人が金持ちになるとき、人々が彼はシェケルの室から取り出された金によって金持ちになった(袖のある外套や靴、サンダルに金を隠して持ち出して)と言われないためである。なぜなら人は、神を喜ばすのと同じように、人も喜ばせねばならないからである」(サンドへリン3・1~2)(『トーラーの知恵』より)

by maranatha | 2009-07-28 13:54

勝訴への苦言

 沖縄リバイバル教会の勝訴に、多くの人々の祝辞と祝いの品々が儀間氏に届いたことを知りました。これらの人々は一体何を祝っておられるのでしょうか。収支報告もない、役員会もない、「教会」という看板を掲げた個人商店の「教会」運営に賛同する人々の気が知れません。特に、有賀喜一氏は沖縄リバイバル教会の広告塔の役割を担ってこられました。JCJIネットワークは宗教法人を取得せずに、独裁的な「教会」運営をモデル教会として推薦しておられるのでしょうか。有賀氏はカルト化した教会、問題が生じている教会で奉仕する筆頭です。そのような奉仕のあり方に何ら反省の弁も聞こえてきません。呼ばれればどこへでも行くというのが氏の生き方です。そして、それを利用する人々がいるのが現状です。選び取る責任が立場ある人には必要です。

 さて私は沖縄リバイバル教会の勝訴に対して苦言を呈したいと思います。長々とした苦言ですが私のことばではなく、ユダヤ教の教師の言葉を借りた苦言です。ラビ・ピンハス・ペリーの『トーラーの知恵』(訳者 手島勲矢・上野正 ミルトス 1988.6.6)は知恵に満ちた本です。購読を勧めます。「会計報告の責務」「神と人の前に」「モーセへの中傷」「義捐金を集める者」以上4回に分けて引用します。

「会計報告の責務」(トーラーの知恵より)

 幕屋の建設が完了したとき、聖書にはこの多面的な建造物のあらゆる細部にわたって正確に列挙した一つの長い報告が書かれてある。それはある意味でくり返しのように見えるが、しかしそうではない。天幕の建設に使ったすべての物の一覧表のためにトーラーの数章(出エ5~40章)がさかれているのには、一つの重要な目的がある。その目的とは、公の資金を扱う者に会計報告の責務というものは絶対不可欠のものだと教えることであった。

 モーセ以上に信頼できる者がおろうか。それについては神ご自身、「わがしもべモーセ、・・・・・彼は私の全家の中で忠信なる者である」(民数12:7)と証しているほどだ。また、モーセの模範的な献身的共働者たち、たとえば工事の総監督ウリの子ベザレル、天成の技術者アホリブなど、聖所の工事のために神が自ら選んだ、心に知恵のある者たちの仕業に誰があえて不正の疑いをかけるだろうか。

 にもかかわらず、「幕屋、すなわち証の幕屋に用いた物の総計は次の通りである。すなわちモーセの命に従い、・・・・量ったものである」(出38・21)とある。多くの金が、銀が、銅が、この工事の計画のために献上されたが、この工事の中で使われた正確な量と使用場所がここで報告される。

 公の資金をとりしきる人間にとって、非の打ちどころのない評判やその人に与えられている無制限の信用というものだけでは、決して十分ではない。モーセは、私たちに公開会計報告を設けて公職にある人間にいつもつきまとう中傷の口実を封ぜよと教えているのだ。
 人が自分で大丈夫と思ったり、過失なく公共事務を扱っていると自認しているだけでは決して十分ではない。たとえ全能の主がその人の欠点のない正直さを証したとしても十分ではないのである。

by maranatha | 2009-07-16 10:16

「『カルト監視機構』という名の秘密警察」の誤報

 「『カルト監視機構』が設立へ向けて動き出した」というニュースは誤報です。この誤報の発信元はヴィオロンさんです。この誤報に多くの人々が確認もせず飛び付き、おもしろおかしく書き立てています。人に迷惑をかけておきながら、次の話題作りに励んでおられるようですが、反省や謝罪はないのでしょうか。

 ヴィオロンさんへ。あなたが見ている村上密はあなたが創作した村上密です。あなたはブログに書いているように、交流の少ない所で生活しておられます。情報はインターネットが頼りのようです。そして、それをもとにあなたの世界を形成しておられます。

 Dr.Lukeさんへ。あなたは無責任な同調者です。あなたもヴィオロンさんの創作話に悪乗りして、批評をしておられます。会ったこともないブログの主に対して、なれあいのコメントを書き続ける「専門家」はあなただけでしょう。あなたは牧師だそうですが、誤報への同調の後始末をどのようにとられるつもりですか。はっきりと文章に書いてください。

 お二人の共通点は、「カルト監視機構」を針小棒大に書き立てていることです。「秘密警察」にまで発展する発想にあきれました。牧師がそのような組織を作ると思うあなたがたの思考は非常識です。このような非常識に踊らされる人々も思慮の足りない人々です。

 誤報の発信者のヴィオロンさん、そして同調者のDr.Lukeさん、明確な誤りは削除をお願いします。ヴィオロンさんのブログを読み確認のために電話をくださったのはおひとりです。多くの人々が確認作業をしないで記事を書いておられることに不愉快な寒さを感じます。
by maranatha | 2009-07-08 22:15 | カルト
宗教問題