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村上 密 Blog

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シュタイナーの問題点

 シュタイナー教育を取り入れた幼稚園のカトリックの司祭が、次のような発言をしています。「シュタイナーの場合のオカルトはきちんとした根拠、哲学的根拠および体験的(修行的でもあります)根拠があります。そしてそれらの根拠が普遍性をもっていることを、理性において納得できれば、たとえわれわれが体験的に霊界を視ることができないとしても、シュタイナーの言っていることはまちがいないと確信できると思います。」これは司祭がシュタイナーを受け入れていることを窺える発言です。これでは一般の人はカトリックがシュタイナーを容認していると思うでしょう。しかし、そうではありません。
 
 カトリック中央協議会が発行している『ニューエイジについてのキリスト教的考察』(著者
教皇庁文化評議会/教皇庁諸宗教対話評議会)によると、カトリックはシュタイナーをニューエイジの中に含めて、その問題点をいたるところで指摘しています。カトリック司祭やカトリック信者がシュタイナーを容認しようが、カトリックはシュタイナーを支持していません。カトリックは内部に浸透してきているニューエイジに警戒をしています。カトリックの対応に比べると、日本のプロテスタント教界はシュタイナー問題について対応が遅れています。
 
 シュタイナーは「二人のイエス」説をマタイとルカの福音書の系図の違いから述べています。それだけではなく、マタイのイエスはゾロアスターの生まれ変わり、ルカのイエスは仏陀のアストラル体が覆っている。マタイのイエスは洗礼のとき死んで、ゾロアスターの霊がルカのイエスに憑依し、仏陀のアストラル体と合体した。これがシュタイナー派のキリスト教徒の信じるキリストです。すなわち二人のイエスが合体してキリストとなったという説です。クリスチャンはこのような説を信じません。この説には輪廻転生、グノーシス主義が内包され、キリスト教とは異質なものです。キリストの神性を否定する異端です。

 カトリックやプロテスタントの信用を利用して、シュタイナー信奉者が「キリスト教」ですと言っていますが、「キリスト教の異端」とは言っていません。外部からは識別できません。異端とは内部の人が使用するキリスト教用語だからです。「○○界の異端児」とは独立独歩、独創的、アウトロー、伝統にとらわれない人のイメージがあります。一般では「異端」が薄められています。しかし、聖書では「滅びをもたらす異端」(Ⅰペテロ2:1)と警告しています。
 
 私のブログを読んで、匿名で過激に反応する人々がいます。口汚い言葉、軽蔑の言葉、中傷の言葉がインターネット上に出ています。品性を疑わせるこのような人々の言葉は、私を卑しめるのではなく、自分自身を卑しめる振る舞いです。
by maranatha | 2010-11-26 17:07 | シュタイナー

シュタイナー

 シュタイナーはキリスト教の異端です。統一教会、エホバの証人、モルモン教のような宗教団体を形成していません。それで、クリスチャンはシュタイナーについてあまり知りません。むしろ、オカルト(神秘的なこと)に興味のある人がシュタイナーについてよく知っています。国内では一部の幼稚園でシュタイナー教育(=オカルト教育)が用いられています。カルト問題を取り組んできた立場から見ると、スピリチュアル系のカルトに嵌りやすい人を養成しているようなものです。大学ではカルト対策が拡がりつつありますが、低学年の教育分野ではオカルト教育が拡がりつつあります。要注意です。これからシリーズでシュタイナーの異端性を取り上げます。聖書と反するシュタイナーの見解に読者は驚かれることでしょう。しかし、オカルトに傾倒している人は問題にもしないでしょう。ですから、これはキリスト教の牧師の立場からの見解です。
by maranatha | 2010-11-17 19:27 | シュタイナー

交流会の案内

 手をつなぐちいろばの会主催のセミナーが好評でした。それで、次回のセミナーまでに交流会を開くことを決めました。堅苦しくないように、食べたり、コーヒー飲んだりしながら質疑応答形式で、質問に村上が答えます。答えられない時は次に回答します。興味のある方は参加してください。カルトの後遺症を克服したい方は是非おいでください。対話、座談会形式が回復に役立ちます。また、情報交換も目が開かれます。一歩前進してみましょう。

村上密先生と交流会
日時  11月27日4時
場所  5つのパンと2匹の魚(JR立川駅北口徒歩3分)
参加費 1人1500円(夕食、ドリンク代)
主催  手をつなぐちいろばの会

詳しくは手をつなぐちいろばの会htt:/www.ab.auone-net.jp/~chiiroba
会場への地図が掲載されています。
by maranatha | 2010-11-09 23:08

ブログのタイトル

 随分とブログを書いてきました。読者のために最近のブログのタイトルを書いて置きます。タイトルだけでは内容を知ることができないものもあります。その場合は、知りたい内容をキーワードにして、「村上密」と合わせて検索しますと、知りたい記事が出てきます。とりあえず、11月から4月までを掲載します。ブログの内容は、異端、カルト、カルト化教会、裁判、牧師の問題 問題教会 法律、教会規則 間違った聖書解釈 人物評論 キリシタン等です。

2010年

11月   庇う事は同罪 統一教会 嵌める

10月   乗っ取り 宗教と心の病 統一教会 悪魔払い、悪霊払い 洗礼
       手をつなぐちいろばの会 服従しなさい 赦しなさい

9月    人殺し 牧師の違反行為と懲罰と復職 外国人のための無料法律セミナー
       沈黙 啓示 社会派か福音派か 荒野の誘惑

8月    山北宣久の問題行動 牧師の裁判 権威 十分の一 陳述書
       長崎のキリシタン史跡

7月    ビリー・グラハム キリシタン史跡 新撰組 平清盛 菅原道真 豊臣秀吉
       ザビエルの光と影 携挙の日 原因帰属論

6月    竹内一雄裁判 本の紹介 弟子訓練

5月    沖縄べテル教会 速報竹内一雄の裁判が行われるようになりました
       ブログの特徴 JTJ神学校へ 閲覧請求 カルト 終わりの日には
       カルト王国 明智光秀 神谷光匡論 来年再臨? 有賀喜一論

4月    牧師の横領 ベニ-・ヒンと大川従道 なぜ反対したか 審判 ブログのよさ
       イングリッシュ・カフェ『ライト・ハウス』大好評 告白 宣教師 大切な教え
       おいしいコーヒー 牧師の裁判 牧師の裁判 権威 なぜ教会で心病むのか  
by maranatha | 2010-11-09 19:07

離脱問題

ある教団の現在進行形の離脱問題に対して、ある教団から経過発表が最近ありました。

 その文書によりますと「離脱に至る経緯とその後」に「離脱(「被包括関係の廃止」の同義語として)に至る遠因としては、牧会倫理問題と異端問題」とあります。「個人のレベルから教会を巻き込む段階に進んでいる」とも書いてあります。

 「離脱に至る問題点」に取り上げられているものは、「総会議案内容の秘匿」「教会規則の改ざん」「反対する者の排除」の3点です。
 秘匿は、「招集通知に規則変更が何であるか明示せず、重大な教団離脱という内容を秘匿したもので、公正な臨時総会開催にはなりえていません。・・・役員以外の信徒は当日に初めて議案書を見るといった実態でした。これは、信徒の総会参加への機会を奪うこととなり、議案について判断する機会も奪う結果となりました。意図的になされる時、悪質な総会無視となります。」「今般の総会は民主的な総会の体をなしておらず」との判断は、実態に相応した判断です。
 改ざんは、教団に出された変更申請書と県知事による認証を受けた規則に、主管者制度を否定するような「主管者」を「代表役員」に書き換えがあり、「教団が承認しているものではない無効の規則である」と書いてあります。
 排除は、総会直前に役員会を開き、信徒27名を別帳会員扱いにして、裁判では原告適格がないと主張し、「手段を選ばない方法」を取ったというものです。

 「離脱撤回に向けての対応」は、行政ルートとして「代理人を通じて文部科学省に審査請求を行っており、・・・認証取り消しに取り組んでいる」というものです。また、司法ルートとしては、不当にも別帳会員にされた信徒の内26名が「総会決議無効確認訴訟」を提起しているというものです。

 「教職各位」宛の文書は、事実確認をしてきた者としては、概ね了解できる内容です。しかし、手段を選ばない牧師と役員会が報復的措置として、名誉毀損に訴えるものと考えられます。この文書はある教団に属する全ての教職が読むものです。これは教職だけが知ればよいことではなく、被害者である27名の別帳会員、事実を十分知らされていない信徒、および、全ての信徒が教団歴史上類を見ない出来事に対して知る権利があります。知ってこそ信徒の対応能力が生じます。最終段階をむかえたら発表があるものと思います。

 いつ、どこで、だれがを伏させて頂きます。同様の問題でお困りの教団、教会、信徒がありましたら、相談を受けます。乗っ取りが増えています。宗教法人や規則を知らない信徒では太刀打ちできません。弁護士に相談するのも方法です。闘いを避ければ、先人達の信仰が踏みにじられ、信仰の遺産が失われます。寛容とは逃げることではありません。闘うことは裁くことではありません。「あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけではなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです。」(ピリピ1:29)何故こんなことがと立ち留まらず、立ち上がりましょう。
by maranatha | 2010-11-09 19:05

庇う事は同罪

 異端を信じていることを伝道師が隠して、牧師に依頼して異端信奉者に洗礼を授けた場合、だれに責任があるのでしょうか。それは伝道師です。事実を知らされなっかた牧師に責任はありません。この件で人間関係を重視し伝道師を庇う人もいますが、これは異端容認伝道師を容認するわけですから、このこと事態がまた問題となります。穏便に済ませようとする人と上部機関が明確な処分と事実を公表しない限り、伝道師は身の潔白を回りに言いふらし、それを真に受ける人も起きるでしょう。問題を追及する人が問題視されるのは理不尽なことです。伝道師の問題は、その後も異端を信じる人が教会に増えたことで、教育的措置とは言えなくなっています。完全に異端容認です。

 その後、伝道師が牧師と結婚し、牧師が異端信奉者の洗礼を容認した伝道師を庇う場合、さらに牧会していた教会で異端信奉者が増えている事実を知りながらも庇う場合、さらに異端を信奉する団体と知っていながらそこに招かれて牧師が奉仕をする場合、牧師は異端を容認していると言えます。なぜなら、教会における重大な異端問題に対して、適切な対応をしていないからです。ましてや、現在牧会している教会の役員が、異端を問題ないを公言している場合、牧師は異端を容認していると言えます。牧師が「私は異端を容認していません。」と公言しても、何の真実味もない言葉です。行動は十分容認しています。

 異端を容認する伝道師や牧師が、所属している教団で何も処分されない場合、教団が異端を容認していることになります。犯罪者を庇う場合は、庇う人も犯罪に荷担したことになることと同じです。「自分は異端を信じていません。」と伝道師が何百回人に言おうとも、それを信じることができません。伝道師が容認している異端について、明確に「これは異端です。」と言ったことがありません。容認しているのです。
by maranatha | 2010-11-06 06:25

統一教会

 現在、統一教会では文鮮明の子どもたちが後継者争いをしています。子どもたちを指示する内部の闘争もあります。このような時は常套手段を使います。それは信者の目を内部にではなく、外部に向けることです。それが「拉致監禁キャンペーン」です。「」付ではなく犯罪用語を牧師たちに使用するのは問題です。統一教会側は「拉致監禁」に該当する出来事で裁判に勝訴したことがあるのでしょうか。むしろ統一教会が霊感商法で敗訴を続けています。組織的だということも明らかにされています。カルトは反社会的集団です。習慣的に法律に違反する行為を団体で続けます。統一教会がカルトといわれる所以です。私は34年間統一教会問題を扱ってきました。その間一度も統一教会側から裁判に訴えられたことはありません。むしろ、霊感商法の被害者を弁護士に引き合わせ、裁判で勝訴してきました。

 選挙でもネガティブキャンペーンが名誉毀損に該当することがあります。「拉致監禁キャンペーン」が名誉毀損に該当するかどうか弁護士に一度聞いて見たいと思います。

統一教会に関心のある方は、htt://ameblo.jp/truetradition/をご覧下さい。驚く内容です。
by maranatha | 2010-11-04 23:12 | 統一教会

嵌める

 ある牧師がある伝道師に依頼されて、異端を信じているとは知らずに、ある人に洗礼を授けました。ところが、牧師は洗礼後にその人の信仰告白を聞いて驚きました。だれが聞いても異端を信じていることが明白な告白だったからです。それは異端を信じている告白で、洗礼を受けるに相応しい信仰告白ではありませんでした。

 ある伝道師はやがて牧師となり「異端を信じている人に洗礼を授けた牧師」と人から言われるようになりました。「私は洗礼を授ける資格は当時なかったので、洗礼を授けたことはありません。」と言い開きをしました。確かに、この牧師が授けたのではなく、依頼された牧師が洗礼を授けたのです。伝道師は牧師を欺いたのです。

 洗礼前に、伝道師は「信仰告白」の文書を手にしていましたが、牧師にはその「信仰告白」の文書の内容を知らせませんでした。牧師は伝道師を信頼し、洗礼を授けました。牧師は告白しています。「事前に知っていたら洗礼を授けはしませんでした。」

 自分の手を汚さずに、他人に手を汚させるこの手口は、まともな伝道師のすることではありません。その後も信者は異端を信じつづけました。伝道師が転任した後、数年後、このことが発覚しました。後任の牧師は忍耐強く信徒を教化育成し、異端信仰を正しました。ところが、その他にも異端信奉者が教会の中にいました。

 前任者の伝道師と異端信奉者たちが連絡を取り合い、後任の牧師を悪く言い、牧会をしづらくさせていきました。それでも、後任牧師は複数の異端信奉者たちを相手に忍耐強く対応しました。

 後任牧師は前任者の異端信奉者への洗礼と牧会倫理逸脱を上部機関に問題提起しましたが取り扱いを拒否されました。それで、さらにその上の上部機関に問題提起しました。何年も後任牧師は上部機関と遣り取りをしましたが、上部機関は穏便に事を収めようとしました。その経緯を後日前任者は悪用します。

 上部機関が扱っている間、総会でも前任者の問題が取り上げられるようになって、前任者の問題が多くの人の知るところとなり、穏便に済ませることはできなくなってきました。総会で扱われている数年間、前任者は赴任先の教会の役員に、<教団からいじめられている。教会を転任させられる。>と事実を伏せ、役員を自分の味方にしていきました。

 とうとう追い詰められた牧師は、夫の牧師と共謀し、臨時総会を開き、出席した信徒に事の経緯を自分の都合の良いように発表し、賛成多数に持っていきました。自分の問題を上部機関の問題にすり替えたのです。教団離脱は成立したかに見られました。

 後日、教会の約半数の信徒が牧師夫妻に嵌められたと気づきました。現在、裁判中です。裁判の結果がどうなるかは予断を許しません。暴挙が通れば世も末です。なにが正義かです。原告である信徒が勝訴すれば、牧師夫婦は多くのものを失うでしょう。

 アハブ王の妻イゼべルは、ナボテの土地を強奪します。イゼべルはアハブ王の名と印を勝手に使い、偽りの証人をたて、法を利用してナボテを罠に嵌め、死に至らしめました。イゼべルは権限がないのに、実質的にアハブ王をコントロール下に置いていました。彼らは北イスラエル王国史上、最悪の人物たちです。ナボテは死にましたが、彼の死がナボテとイゼベルへの神の裁きを引き出しました。いつの時代にも小イゼべルはいます。悪と闘う人は傷つかずに勝利を手にすることはできません。

 カルト化した教会が増えています。教会規則のない教会もあります。教会規則があってもそれを知らない信徒がいます。知っていてもそれを活用できない信徒が多いようです。牧師任せの教会運営がカルト化して行く原因です。これからは信徒の力量が試されます。嵌められないように知識を身につけましょう。

 いつ、どこで、だれがを伏せました。長い年月かかった出来事です。多くの人々が関わってきました。そして、多くの人が傷つきました。また、多くの人が惑わされました。裁判が終わっても、壊れた人間関係をどのように回復するかは大きな課題です。
by maranatha | 2010-11-04 21:07
宗教問題